第7話 バナナ
「一つは正解だけど、一つは不正解だ。まぁ......それはいいや。お前の言うように、確かに母親はソファーに座って怯えていたに違いない。そんな無抵抗な一般人を、至近距離から撃ち殺すのに、何で5発も撃つ必要があるんだ? 殺すのを楽しんでたとしか思えんだろう......
撃たれてる場所をもう一度言うぞ。頭、左胸部、右脇腹、左もも、右ふくらはぎだ。左右交互に楽しんで撃ってる。楽しんで撃つのに一発目から、致命傷となる頭から撃ち下ろしていくか? 下から順に撃ってったんだ。だったら頭より心臓の方が先だろ。なぁ、ワトソンくん」
またしても、言われてみれば至極当たり前。グウの音も出ないアレクかと思いきや......
「もう一つは不正解ッテ......それはどう言う事ナンダ?」
更に食い下がる。きっと『ワトソンくん』にカチンときたのだろう。一方、エマは平然と解説を続ける。
「父親は初めっから暖炉の前に居たんじゃ無い。背中が焼けるだろ」
「なんだって? ソンナ事、その場に居なきゃ分かるわけ無いダロ!」
最早、引くに引けなくなったアレク。いつの間に怒ってる。
「それが分かるんだよ......その場に居なくても。父親の尻を見てみろ」
「尻ダト......」
するとアレクは暖炉の前に横たわる父親の尻を、言われるがまま覗いてみた。すると......
「コレは......ナンダ? ポケットの中で、何か潰れてるみたいダ」
「ポケットの中身はバナナだ。バナナが潰れて汁が外にシミ出てる。ソファーの上にも同じシミが有るだろ。恐らく『ヴァローナ』がやって来て、ソファーに座らされたんだと思う。もしかしたら、母親に内緒で、腹を空かしている野良犬にでも、バナナを与えたかったんじゃないか? まぁ、よくは分からないけど......」
「デモ......ソファーから暖炉までは3メートルは離れてるゾ。確カニ父親の死体ハ、暖炉に頭を向けて身体が伸び切ってるケド......それは何でなんダ?」
確かに父親の死体は暖炉に向かって伸びている。その姿はまるで、暖炉にダイブしているみたいだった。するとエマは暖炉の前で膝をつき、内部を隈なく見渡し始めた。
当たり前の話がでは有るが、既に暖炉の火は消えている。中にある物と言えば、炭しか残っていなかった。
「まぁ、当たり前だよな。何も残ってやしない」
ふぅ......エマは諦めのため息一つ。だった。
「ツマリ父親は、何か『ヴァローナ』に見せたく無い物ヲ、暖炉で燃やそうとシテ撃たれた......そう言う事にナルノカ?」
アレクはアレクでエマに負けじと、必死に脳を働かせているようだ。
「状況からして、多分そんなとこなんじゃ無いか。ただそれが暖炉に投げ込まれたのか、その前に撃たれて『ヴァローナ』の手に渡ってしまったのかは今となっちゃ分かりようが無い」
「確カニ......」
二つの死体ばかりに目がいっていた二人ではあったが、よくよく見渡してみれば、本棚の横に置かれた金庫の扉が大きく開かれていた。
「中身はカラのようダ......生き残った『ヴァローナ』が持ち去ったんだろうナ......」
金庫の中を隈なく見渡しながらアレクが語る。
「その可能性は確かに高い。でも生き残った『ヴァローナ』が居たと言う保証はまだ無い。よし、次行こう......刑事が戻って来たら終わりだ。急ぐぞ」
「リョウカイ!」
ギー、バタン。スタスタスタ......名探偵もどきの2人は、廊下を素早く駆け抜け、コの字形の建物のちょうど逆側へと進んで行った。
スタスタスタ......ピタッ。やがて2人の足は、示し合わせたかのように、自然とその動きを止めた。




