第3話 ワイロ
アレクはそのように語ると、スタスタスタ......何を思ったか、建物の裏側へと素早く歩いていく。
「おい、ちょっと。どこ行くんだ?」
慌ててエマもそれに続いていく。
確かにその家は誰が称しても『大邸宅』と呼べる立派な建物。道路正面から見てその大きな2階建の洋館は、コの字型に展開しその余った敷地内は正に『庭園』と呼ばれるに相応しい造りとなっていた。恐らく、雪解けの時期ともなれば、一面に色鮮やかな花々が咲き乱れるのであろう。
そんな豪華絢爛な『大邸宅』に住む人間と言えば、凡そ『貴族』『華族』。そんな称号を得た者と昔から決まっている。もしマーラがその一族の人間であるならば、きっとマーラもそんな身分の少女なのであろう。まぁ、想像の域を超えた話では無いが......
全てを高いフェンスで囲まれたその建物の裏側に回ると、唯一開放された外門扉の前には一人の制服警官が鋭い眼光を発しながら仁王立ちしている。正にその姿は、番犬そのものだった。
「サァ、行くぞ」
アレクは後ろに続くエマにポツリと呟くと、ツカツカツカ......一直線、番犬の元へ。
えっ、マジ? まさか強行突破するつもりか? 顔面蒼白になりつつも、取り敢えずは付いて行くしかない。きっと、何か考えがあるのだろう......そのように信じてはいても不安の表情は隠せない。
ツカツカツカ......
ツカツカツカ......
そして、番犬は番犬であるが故に、近付く者に反応しない訳にはいかなかった。
ワンワンワンッ! と犬語では吠えなくとも、
「なんだお前らは? テープの手前で止まれ!」
人間語で吠えて来た。しかしアレクは、そんな番犬の忠告に聞く耳は持たず、黄色テープの下をあっさりと潜り抜けていった。そして、
「お勤めご苦労様です」
と語りながら、こんもりと膨らんだ封筒を笑顔で差し出す。封筒の中身は何なのか? それは言うまでも無かった。
「んんん......それで......何の用だ?」
番犬は一瞬戸惑いの表情を見せるも、すぐ様、状況を理解し差し出された封筒をあっさりとポケットの中にしまい込んだ。この時点でハウスに掲げられていた『番犬』の名札は、すぐ様『忠犬』に差し替えられる。
「いや、ちょっとここに住んでいるマーラって少女を探してて。少し話を聞かせて貰えないか?」
すると忠犬は途端に眉を潜めた。
「マーラだと? そんな少女はここにはおらん。ソフィアって12才の娘なら住んでた筈だが、今は居ない。どっか行っちまったみたいだ」
周りをチラチラと気にしながら、素直にアレクの質問に答える忠犬。決して嘘を言っているようには見えなかった。
「ソフィア? マーラの間違いじゃないか?」
アレクは咄嗟に聞き返す。
「疑うなら表札を見てみろ。しっかり『Sophia』って書いてあるぞ。『Mara』なんてどこにも書いて無い」
アレクはすぐ様後ろに振り返り、エマにそのまま伝える。
「ここに住んでる少女はソフィアで、マーラなんか居ないって言ってるゾ。住所ココで間違い無いノカ?」
するとエマは、
「依頼者は、住所を書き間違えるような人物じゃ無い。ここで間違い無いだろう。一体何があったのか詳しく聞いてくれ」
「了解」
再び『忠犬』と対峙するアレク。
「人が死んでたって聞いたんだが......詳しく聞かせてくれ」
『忠犬』は相変わらずチラチラと周囲に目を配っている。よっぽど人目が気になるのであろう。幸いにも捜査は一旦の終了を見せたようだ。私服の刑事らしき者達は、いつの間にその姿をくらませていた。
『忠犬』は安堵の表情を浮かべ、再び口を開く。
「昨晩、押し込み強盗が入った。金庫の金が全て無くなっている。犯人のうちの3人は、どう言う訳かバラバラになって死んでやがった。あと、ここの夫婦も撃ち殺されてた」
「つまり......関係者は全員死んだって事か?」
「いや......」
途端に口を濁す忠犬。恐らくその先の事は極秘事項なのだろう。




