第1話 お役御免
ゴー......ワンワンワンッ!
雪山を優雅にすり抜けていく4台のスノーモービル。そして、それを取り巻くようにして元気に走り回る12匹のハスキー犬。やがて眼下には、木々の間に見え隠れする
寂れた街並みが......
「おい、アレク。あれがそうか?」
いち早くその存在に気付いたエマが、口から白い息を吐きながら問い掛けた。
「ソウダ。あれが『オハ』の街ダ。そんな事ヨリモ......」
見る見るうちに近付いてくる最終目的地を見下ろしながらも、アレクは未だ興奮冷めやらない表情を浮かべている。そんなアレクの表情に気付いたエマは、
「なに、どうした?」
怪訝な顔で尋ねてみる。するとアレクは
雪煙を吐きながら並走するスノーモービルを順に見渡しながら、疑問をぶつけてみた。
「一体どうやったラ、アンナ事が出来るようになるんだ? 未だに信じらン」
驚きの感情に呆れが加わったような実に複雑な表情だ。
「ああ、このスノーモービルを奪った話か......いや、別に大した事じゃ無い。奴らは、こっちが犬ぞりで走ってるのを見て、簡単に勝てると思ったんだろう。隙だらけだったわ。
文明の力とは言え、こんな物は戦いに使える代物じゃない。小回りが効かないから、何台居ようが同時に攻める事なんか出来ないし、ボウガンなんか持って来たって、あれ両手使わなきゃ撃てんだろう。
両手離してスノーモービル運転出来たら奇跡だ。見た瞬間、こいつらバカかと思ったぞ。案の定、1台づつ順番に向かって来たから、回し蹴り4回であっさりケリがついた。どうだ? 簡単だろう」
「いや......口で言う程簡単じゃ無いッテ。回し蹴り4発、全部顔面にクリーンヒットしてたじゃナイカ。左右に蛇行しながら、猛スピードで近付いて来る相手の顔面に普通当たるカ? しかも百発百中ダゾ。ヤッパあんた......ちょっとおかしいヨ」
エマを化け物扱いするアレク。自分は普通だと言い張るエマ。二人がそんな問答を
繰り広げている間にも......『オハ』の街はいよいよ眼前に。その距離は1軒1軒の家が鮮明に見え始める程だった。
「おや......あれは?」
すると、途端に眉をしかめるエマ。そんなエマの視線の先にあるもの......それは、無数に乱舞する赤と青の光だった。よくよく見ればそれが何かは明らかだった。
「パトカー?」
「みたいダナ」
どうやらロシアのパトカーは、赤と青の光を発するらしい。
「何だか......やけに大きな邸宅の周りに集まってるみたいだけど......」
「事件ナノカ?」
「そうかも......」
ガガガガガ......やがて4台のスノーモービルは平地に降り立つとそこで一旦停止した。
ワンワンワンッ!
犬達にはまだまだ余力が残っているみたいだ。相変わらず元気に走り回っている。
「じゃあ、俺達はココで引き上げるゾ」
仲間の男が犬をソリに繋げながら笑顔で語る。お役御免。凡そ、そんなところなのだろう。
「オウ、急な呼び出しで悪かったナ。おかげで助カッタ」
ロシア語で話されても全く何だか分からない。多分お別れの挨拶でもしているのだろう。
「◯%〓£?@∀!(ありがとう)」
そんな会話を察知し、エマはお行儀よく頭を下げた。言葉は通じなくとも、多分気持ちは伝わっているのだろう。
バシッ、バシッ!
ワンワンワンッ!
やがて2台の犬ぞりは、雪煙を立ち上げながら再び山の中へと戻っていった。
「ヨシ、オレ達も行くとシヨウ」
「ああ......」
スノーモービルを置き去りにし、いよいよ『マーラ』の元へと行軍を開始する二人だった。
ザッ、ザッ、ザッ。
ザッ、ザッ、ザッ。
積もる雪にエッジを効かせながら、一歩一歩、街へと突き進んでいった。
果たして......依頼者たる秋葉秀樹が示した住所の宅に、マーラなる少女は本当に住んでいるのだろうか? 住んでいたとしても、今、在宅しているとは限らない。不安ばかりが脳裏を過るエマだった。
やがて、街の郊外へと差し掛かっていく寂れているとは言え、一応、街である事には違い。
「ソコを右......」
「突き当たりヲ左......」
地図を見ながらエマから聞いた住所を辿るアレクだった。




