第6話 そして再び
やがて......エマが『わかば』を吸い終わる頃には雪崩もすっかり収まり、見事な朝日が正面に光り輝いていた。
「さぁ、行こうか」
「ハイ」
それまでタメ口だったアレクが何故か敬語になっている。
これ......もしかして、偶然? それとも......全て計算ずくだったって事? もし、1秒でもずれてたら間違い無く雪に呑まれてた筈だ。偶然にせよ、計算ずくにせよ、いずれにしたって、『神』が舞い降りて来た事には違い無い。
さっきから何事も無かったように、清々しい顔でニコニコ笑ってるけど......この人ってもしかしたら飛んでも無い人?
アレクだけに止まらず、他の2人、そして12匹の犬達もただ舌を巻くばかりだった。
一方、エマは敢えて自分の功を語ろうとはしない。結局偶然だったのか、計算ずくだったのかは分からず仕舞いだった。ただ一つだけ言える事......それはエマの『兵法』に『偶然』と言う言葉は存在しないと言う事だ。まぁ......エマの兵法はエマの頭の中にあって実際見た者は居ないのではあるのだが。
ズルズルズル......
ズルズルズル......
何事も無かったかのように再び雪山の行軍を開始する2台の犬ぞり。
「......」
「......」
「......」
なぜか誰も言葉を発する者は居ない。あまりに神掛かったエマの戦略を目の当たりにした3人は、その者に対しある種恐怖心を抱いていたのかも知れない。長閑な犬ぞりドライブを満喫しているかのように、ニコニコ笑顔を絶やさないエマが逆に不気味に見えて仕方が無かった。
ところがそんな長閑な犬ぞりドライブも束の間、突如新たな緊張が4人を包み込む。
ゴー......
ゴー......
なんと背後から今度は物凄い勢いでモーター音が近付いて来るではないか!
全く、次から次へと......神はひと時もエマに休息を与えるつもりは無かったようだ。
その音に気付いたエマは、
「なんだあの音は? また狼か?」
緩んだ顔を引き締め恐る恐るアレクに伺いを立ててみる。するとアレクは、
「あれはスノーモービルの音ダ。シカモ......1台や2台じゃ無イ」
顔を引きつらせながら答える。
「スノーモービル? 一体誰がやって来るんだ?」
「分からんが......タブン...... 」
ゴーッ!......
ゴーッ!.....
その音は見る見るうちに近付いて来る。今、狼を蹴散らしたばかりだ。犬達もきっと疲れているに違い無い。
敵で無ければいいんだが......そんな4人の気持ちなどお構い無しに、やがてその者達は雪に煙を撒き散らしながら姿を現わした。
「皆殺しだ! 1人も生きて帰らすな!」
そのように叫んだ者のスノーモービルには
なんと! 『カラス』の旗が掲げられていたのである。
「ヤバい、今度はヴァローナだ!」
慌てふためく3人に対し、
「やったー! スノーモービル貰い!」
子供のようにはしゃぐエマだった。
この人......もしかして頭おかしい? そんなエマの反応を目の当たりにし、3人は驚きを超え、呆れを超え、恐怖を超え、なぜだか笑っていた。
「「「ハッ、ハッ、ハッ」」」
見れば......迫り来るスノーモービルは4台。数もこちらの人数とぴったり。エマの目には、まるで注文した通版の商品が宅急便で届いたかのようにしか映っていない。
とは言え......唯一こちらの武器とも言える銃は、封印されている。再びそれを使うなどしたものなら今度こそ、雪崩に呑み込まれてしまうだろう。
それに対し『ヴァローナ』はなんと、用意周到ボウガンを振りかざしているではないか。
2台の犬ぞりに迫り来る強敵......果たして『神』は再びエマに強運を与えてくれるのか?
近そうで遠い『オハ』の街......エマに強運が降りて来る事を祈るばかりだ。




