第5話 余裕
ゴゴゴゴゴッ!!!
ゴゴゴゴゴッ!!!
ゴゴゴゴゴッ!!!
ゴゴゴゴゴッ!!!
ゴゴゴゴゴッ!!!
ゴゴゴゴゴッ!!!
「うわーっ、来たー!」
「逃げろっー!」
「ワン、ワン、ワンッ!」
押し寄せる『大雪崩』は、あるもの全てを飲み込みながら怒涛の如く襲い掛かってくる。犬ぞりだけに、正にそれは生死を賭けた『ドッグレース』の開始と言ってもよい。
予告通り『大雪崩』を生み出したエマは、満足気な表情を浮かべながらここで一気に号令を下す!
「よし今だ! 斜面を下れ。10時方向に時速30キロ! 狼には目もくれるな!」
「「リョウカイ!」」
2台の犬ぞりはエマの音頭を合図に一気に斜面を駆け下りる。12匹の犬達もここが力の見せ所! そんな空気を完璧に読み取っていた。
時速25、26、27キロ......瞬く間にエマの試算した絶対領域たる時速30キロへの到達を成し遂げた。
よし、完璧!
一方、狼達の方はと言うと、突然の銃声と大雪崩の発生に一瞬動きが止まる。この時点でエマは既に勝利を確信していた。
エマが求めていたもの......それは正にこの狼達が途方に暮れる一瞬の『間』だった。それに賭けていたと言っても過言では無い。
ゴゴゴゴゴッ!!!
ゴゴゴゴゴッ!!!
ゴゴゴゴゴッ!!!
ゴゴゴゴゴッ!!!
ゴゴゴゴゴッ!!!
ゴゴゴゴゴッ!!!
いよいよ迫り来る大雪崩。木々をなぎ倒しながら一気に狼と2台の犬ぞりを飲み込みに掛かって来る。そんな身に迫る大きな災いに漸く気付いたリーダー狼は、
「ガウッ、ガウッ、ガウッ!」
多分......ヤバい! 逃げろっ! とでも叫んでいたのであろう。吠えるや否や10数匹の狼集団は一斉に斜面を下り始めた。
ゴゴゴゴゴッ!
ますは最後尾の1匹が
瞬く間に呑み込まれ......
ゴゴゴゴゴッ!
立て続けに2匹、3匹、4匹と
飲み込まれていき......
ゴゴゴゴゴッ!
ゴゴゴゴゴッ!
ゴゴゴゴゴッ!
遂に、先頭を駆け降りていたリーダー狼までもが飲み込まれていった。そして大雪崩が狙う残りの獲物は更に前を走る2台の犬ぞりのみ。
ゴゴゴゴゴッ!
迫り来る大雪崩の勢いは衰えるどころか、更なる勢いを増していく。すぐ背後にまで迫り来る大雪崩を目の当たりにしたアレクは、
この人を信じた俺がバカだった......もう無茶苦茶やん!
3m......
2m......
1m......
最早これまで......誰もが死を覚悟した正にその時だった。
「はい、ここでストップ」
エマが爽やかな声で叫ぶ。なぜここでストップなのか? 他の者達は意味が分からなかった。でも取り敢えず言われた通り、2台の犬ぞりは動きを止めた。ピタッ。
よくよく見れば、シュポッ。エマは、余裕の表情で『わかば』に火を点している。
まさか、最期の一服を楽しんでる?! 3人と12匹の目が点になった正にその時だった。
ゴゴゴゴゴッ!
遂に大雪崩の魔の手が! 思わず3人は生唾を飲み込み、目を瞑った。しかし、激しく音が立ち上がっているだけで、一向に雪が頭に降り掛かって来る事は無かったのである。
「どっ、どういう事なんだ?!」
アレクは恐る恐る薄目を開けてみる。するとそこに見えた光景は、正に目を疑うようなものだった。
なおも斜面を激しく落ち続ける大雪崩......アレクはそんな雪崩の裏側を見ていた。
なっ、なんと?!
そう......今、2台の犬ぞりが陣している場所はちょうど崖の真下。激しく落ちてくる雪の大群はエマ達の頭を飛び越えて、更なる下方の斜面へと駆け下りていた。その景観はまるで滝を内側から見ているような
壮大なものだった。




