第3話 雪崩
興味半分、怖さ半分、エマは勇気を振り絞ってアレクに伺いを立ててみた。
「足音の数からすると、狼10匹くらいは居そうな気がするだけど......大丈夫なのか?」
「大丈夫に決まってるダロ。なんせ300人の軍隊と戦ったアンタが居るんだから。人喰い狼10匹くらいへっちゃらダ」
あっさりと言ってのけるアレク。
「人喰い狼だと?!」
「アレ? 言って無かったっケ? この辺りの狼ハ凶暴デ、毎年数人は餌食になってるラシイ」
どうやら......あまり頼りには出来なさそうだ。やっぱ自分が何とかせんといかんって事か......よしっ! それならそれで
考えるとしよう......
エマは一旦、頭をクリアーにし、0からの分析を始めた。
ザッ、ザッ、ザッ......
ザッ、ザッ、ザッ......
『ガルルルル......!』
背後から迫り来る足音と唸り声から察するに、スピードはだいたい時速50キロ? 55キロ? 凡そ、そんなところだろう。それに対し、犬ぞりのスピードはせいぜい25キロ。瞬発的には、あと5キロ程度スピードアップ出来そうだが長続きはしなさそうだ。この絶対的スピードの差はいかんともし難い。逃げ切るのは無理か......
続いて頭数。狼は全部で10~12、3匹。それに対しこっちは人間4人と犬12匹。恐らく、犬12匹は戦力にならんだろう。個体の大きさも一回り違うし、人間に飼い慣らされた犬が野生の狼に太刀打ち出来る訳も無い。下手に戦わせたところで、犬だけに犬死するだけだ。
更に言ってしまうと......犬が死ねば犬ぞりが成り立たなくなる。極寒の山間において、移動手段を失う事は自らの死をも意味する。果て......どうしたものか?
空腹に飢える狼の集団。極寒のこの時期ともあらば餌となる小動物の類も少ない。見逃してくれ! などと泣いて頼んだところで、見逃してくれる訳も無かろう。
ザッ、ザッ、ザッ......
ザッ、ザッ、ザッ......
『ガルルルル......!』
狼の数匹はチラチラとこちらに視線を送りながら、悠々と犬ぞりの両サイドを通過していく。どうやら前に出ようとしているみたいだ。
更に左右を見渡してみると、2匹づつが犬ぞりとスピードを合わせ横を並走している。残念ながら......この時点で既に前後左右全てが狼に寄って包囲されていた。それは正に、精錬された戦略と言わざるを得ない。狼にしておくのが勿体無いくらいだ。
銃で撃ちまくるか? もしかしたら、驚いて逃げてくれるかも。確か......アレクは銃を持っていたはず。更に前を走る犬ぞりには横に立て掛けられたライフルが見え隠れしている。
いや、待てよ......今、走り抜けているこの場所は正に大雪原だ。進行方向右側は常に山の急斜面。またどう言う訳か、この辺りは、やたらと木が少ない。丸坊主状態だ。こんな所で、銃など発砲しようものなら、途端に大雪崩を巻き起こすに違いない。
狼達の追撃を回避し、人間はおろか、犬1匹足りとも死なす訳にはいかなかった。
エマは考える......
更に考える......
なおも考える......
そしてエマは遥か前方をゆっくりと丁寧に、180度隈なく見渡した。
見詰める......
更に見詰める......
なおも見詰める......
............
............
............
よしっ! この窮地から逃れる道。その答えはただ一つ。『毒をもって毒を制す』それしか無い!
やがてエマは決心を固めると、遂にその重い口を開いた。
「銃を貸せ」
たった一言だ。するとアレクは途端に首を横に振る。
「ダメだ。コンナ所で銃なんか使ってミロ。途端に雪崩が起きて、全員生き埋めにナルゾ!」
飛んでも無い! 顔がそのように語っている。多少なりとも雪山を経験した者であれば、皆、異口同音同じ答えを導き出すであろう。しかし、エマもそんな事は百も承知。飛んでも無い事でもしない限り、この窮地を乗り切る術は無かった。




