第1話 犬ぞり
「起きろっテ」
「ん?......」
気付けばやたらと眩しい。真っ白な雪に反射した日差しが顔に直撃しているじゃんか......眩しい訳だ。
窓外に見える景色は駅のホーム『Ноглики(ノグリキ)』......雪を被った駅の看板にはそのように書かれている。
「終点ダ。降りるゾ」
見渡してみれば、列車内は自分とアレクのみ。他に人の姿は無かった。乗客は全て下車を完了しているらしい。車掌らしき人物が迷惑そうな視線をこちらに向けているだけだった。
「おい、もっと早く起こせよ。ヒンシュク買ってるじゃんか」
眠け眼を擦りながらも呂律ははっきりしている。不満タラタラだ。
「いい加減にシロ。さっきからずっと起こしてるのに、全然起きなかったんダロウ。置いてこうかと思ったゾ」
輪を掛けて不満タラタラなアレクだった。いそいそと荷物を荷台から下ろし、あたふたと列車から降りていく二人。すると、
うわぁ、凄い雪景色!
しかも快晴じゃんか!
ロシアが初めてなら、勿論サハリンも初めて。見知らぬ異国の神秘的な景色を目の当たりにして、子供のように心ときめくエマだった。
見渡す限りの銀世界......雪に埋もれていない物など何一つ存在していない。
時刻はちょうど朝の8時を回ったところ。昨晩までの吹雪が嘘のような澄みきった青空が広がっていた。
「おい、ちょっとここ寒くないか?」
エマが思い出したかのように語る。
「当たり前ダ。ユジノサハリンスクから800キロも北へ移動してるんダゾ。寒く無い訳が無い」
やっぱ、ヒートテック10枚だったな。5枚じゃ足らん......
多分そう言う問題でも無いと思うのだが......そんな事を教えてくれる者など、ここに居る訳も無かった。
「ところで......ここから『オハ』の街まではどうやって行くんだ?」
正直......樹海でのサバイバルを終え、殆ど何の準備も出来ずにここへやって来ている。未知の世界とも言えるこの地において、土地勘など有る訳も無かった。
まぁ、行ってしまえば何とかなる......そんな甘い気持ちがあった事も事実だった。
「安心シロ。夜中のうちにちゃんと手配しておいたカラ......」
「他の列車に乗り換えるのか?」
「ここから先に列車なんかナイ」
「じゃあ車か?」
「この雪ジャ、車も走れん」
「じゃあ、何で行くんだ? まさか歩きとか言うなよ」
「マァ......楽しみにしてろ。ハッ、ハッ、ハッ」
「......」
とにかく、どこを見渡しても雪に覆われた銀世界。どっちが北でどっちが南なのかも分からない。正直、ここはアレクを信じて頼らざるを得なかった。
それにしても、寂しい街だな......駅前だと言うのに、駅舎しか無いじゃんか。一軒くらい店らしきものがあってもいいだろう。生活感が全然無いし......
遠くに団地らしきものが見えるが、見方に寄っては廃墟にも見える。本当に人が住んでいるのか? 実際のところは分からない。
エマがそんな初めて見るアメージングな街並みに思わず目をキョロキョロさせていると、突然、アレクが前方を指差した。
「おお、予定通りダ。ここからはアレで移動スルゾ」
すると何やら、遠方から音が近付いてくる。
バタバタバタ......
バタバタバタ......
なんと、目の前に現れてきたのは?!
「犬ぞり?!」
だった。
計2台。それぞれの犬ぞりを2人の若い男女が操っている。エンジンはハスキー犬が6匹づつ計12匹。パワーは6犬馬力だ。
ワンワンワンッ!
やたらと賑やかな集団の出現にエマはただ目を白黒させるだけ。想定外な移動手段に思わず言葉を失う。
【◆ここからはアレクの同時通訳でお伝えします】
「おおアレク、ソコノ着膨れ女がそうナノカ?」
笑い顔を披露しながらハイテンションで語る男。露出している顔が真っ赤だ。半分凍傷に掛かっているのだろう。
「オウ、その通りダ。日本からやって来たエマさんだ。おい、挨拶してクレ」
ちらりとエマの顔に視線を向けるアレク。
「日本から来た着膨れ女です」
膨れっ面でペコリ。冗談なのか本気でムッとしているのかは分からない。




