第4話 カラスの刺青
すると、バタン。女医は床に落下しカツラがボトンと転がった。現れた頭皮は薄れたバーコード。どうやら女装趣味の男だったらしい。全身から湯気が立ち上がり残り少ない髪の毛も可哀想に......焦げ付いていた。完全に意識は失っているが、呼吸はしっかりしているようだ。
なんだ、オッサンか......だったらあと10秒はいけたわね。フッ、フッ、フッ......それは正に命を狙われている人間の顔では無かった。趣味を満喫しているサディスト......そんな例えが一番マッチしている。
さて、確かあと2人だったわね......
美緒は未だ足元で茹で上がっている男を跨ぎながら次なる害虫駆除へと向かう。スタスタスタ......スリッパで通路を抜けていくと、やがて『801号室』の表札が目の前に。すると美緒は、ゆっくりと視線を足元に落とした。
あら、仕込みは完璧......
見れば、『801号室』の扉の向こうから何やら水が美緒の足元に流れ出て来ている。それは言うまでも無く洗面台のボールから溢れた水が床一面に広がったものに他ならない。すると美緒は無表情でその場にしゃがみ込んだ。 そしてまたしてもあれの先端を足元の水に当てる。
「飛びなさい」
カチッ。
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチッ!......
曇りガラス越しに見える二つの影は飛び魚。夜だと言うのに元気に跳び跳ねていた。
なんか......飽きた。つまらない......
美緒はスタンガンのスイッチをOFFにすると、扉を開け『801号室』へと舞い戻る。
パチン。照明のスイッチを上げると思った通りの景色が広がっていた。見事にのびている。美緒は焦げ臭い2つの物体を跨いでもう用無しと水道の蛇口を閉めた。
こいつら一体誰なんだ?
美緒は一人づつ順番にボディチェック。ところが、財布、パスカード、免許証......残念ながら身分を明かすような代物は一切、出ては来なかった。唯一ヒントが残っているとすれば、右手の甲に描かれたタトゥーのみ。
カラスか......もしかして、民族解放同盟『ヴァローナ』?!! 美緒はその組織の存在をなぜか知っていた。
極東ロシアの犯罪組織が何で日本に? もしかしたら......エマさんの仕事と何か関係が有るのか?
見れば、もう一つの飛び魚にも同じ場所に同じタトゥーが施されているようだ。きっと、今トイレで伸びている女医男も同じなのであろう。
もし相手が『ヴァローナ』だとしたら、しつこく何度でも刺客を寄こして来るに違いない。ダメだ......こんなとこにいつまでも居たら必ず殺られる。
そうだ! 私が狙われたって事は......圭一さん達が危ない!
「スマホッ!」
美緒が棚の引き出しからそれを取り出そうとした正にその時だった。
タッ、タッ、タッ!
突如、こちらに向かって乱暴な足音が近付いて来るではないか!
まさか新敵?!
美緒の全身に『Caution』が発せられる。そして美緒が身構える間もなく、
バタンッ!
勢いよく扉は開かれた。すると、
「美緒さんっ!」
それは......実に聞き慣れた声。美緒の緊張が一瞬にして解かれた瞬間だった。
「けっ、圭一さんっ!」
美緒の無事な姿を目にした途端、圭一の目からは大粒の涙が溢れ出る。




