第1話 上には上
バチッ! ビビビッ......
バチバチッ! ババババッ......
暗闇で閃光を放つ激しい稲妻。それは病院の着衣を着た一人の女性の手から発せられていた。
「さすがはポール君......最新『ハイパワースタンガン』の威力は最高ね。フッ、フッ、フッ......」
病室の灯りを敢えて消し、ポールが彼女の為に造った最新兵器を不敵な笑みを浮かべ、一人楽しむ女性がそこに居た。それは他でも無い。自称『EMA探偵事務所』の切り込み隊長桜田美緒だった。トレードマークとも言える先が尖った黒渕メガネの奥に潜む二つの瞳は、不気味な程に怪しく光り輝いている。
美緒は徐にベッドから立ち上がった。すると、
いたたたた......包帯でグルグル巻きにされた下腹部に思わず手を当てる。
まだ傷が塞がって無いみたいね。でもこんな所でいつまでも寝てる訳にいかない......
美緒は無理矢理身体を起き上がらせると、個室の窓へと歩を進めた。窓外には都心の街並みが大きく広がり夜空に浮かぶ星は早く外へ出ておいでとまるで美緒を誘っているかのようだった。
あら? 何かしら......こんな夜更けに。
病室の夜は思いの外早い。感覚的には夜の9時でも立派な夜更けと言えた。そんな夜更けに大病院の駐車場に現れたのは1台の大型ワンボックスカー。後部座席はおろか助手席、運転席のサイドウィンドウまで全てスモークで覆われている。健全な大病院においてはそんなダークな車両が妙に浮いた存在に見えて仕方がない。
8階の窓からそんな車両を見下ろす美緒は思わず眉を潜めた。
ギー、バタン。後部座席から降りてきた人間は全部で3名。皆、白衣を着用している。男2人、女1人と言う構成だ。この病院の医師と思われた。
病院に医師がやって来るのは当たり前。しかし美緒は、その様子が不可思議に思えてならない。
こんな夜更けに医師が病院にやって来る?
宿直の医師と思えば別に不思議は無いのかも知れない。でも......ワゴン車に乗って一緒にやって来るか?
駅から送迎と言う事なのかも......いや、最寄り駅から徒歩1分だ。信号待ちの時間を考えればむしろ歩く方が早い。それに......医師が白衣を着て出社するか? マイカー通勤なら有り得る話かも知れないが、どう見てもそうでは無さそうだ。
やがて3人の医師が全員車から降り終わると、示し合わせたかのように揃って顔を上げた。そして3組6つの目はある一点に集中する。
ははーん......どうやら、この部屋に用があるみたいね。
3人の医師が上を見て真っ先に確認したもの......それは801号室。即ち、美緒が傷を癒すその部屋だった。
暗闇の病室からレースのカーテン越しに
見えた6つの目は凡そ医師の本業たる『救命』に携わる者のそれでは無い。むしろ真逆。スナイパーの目、そのものだった。
そうそう......この間、スタンガン使ったらスマホ壊れちゃったんだっけ。しまっておこう......
美緒はスマホを引き出しにしまうと再び窓外の景色に目を向けた。
あら......早いわね。もう居なくなっちゃった。こうしちゃ居られないわ。フッ、フッ、フッ......
すると美緒は何を思ったか小さな洗面ボールの排水口を栓で閉じた。そして更には、
オーバーフローの穴をハンドタオルでふさぎ、蛇口を全開に開く。そんな事をしたら水が行き場を失い、床が水浸しになってしまうでは無いか。
ジャー......やがて小さな洗面ボールは瞬く間に満水となり、床に溢れ始めた。言わんこっちゃ無い。




