第6話 慟哭
ヤバい......
ヤバい......
ヤバい......
美緒さんっ!
「おいっ、ポール! 美緒さんが......美緒さんが......美緒さんがヤバいっ!」
その事に気付いた圭一は、慌てふためきポケットからスマホを取り出す。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ......
トゥルルルル......
トゥルルルル......
美緒さん出てくれ......
頼むから出てくれ......
そして、5コールもすると......
カシャ。
よしっ、出た!
「美緒さんっ! 圭一だ。刺客がそっちに行くかも知れん。俺達も今すぐそっちに向......」
「フッ、フッ、フッ......」
............
............
............
「お前......誰なんだ......」
スマホを持つ圭一の手は感電したかのようにブルブルと震えだす。圭一の言葉を遮るようにして受話器の向こうから聞こえて来た不適な笑い声は、到底25才の女性が発するそれとは大きく違っていた。
「残念だな......ちょっと気付くのが遅かったようだ。恨むならお前らの代表を恨め。ハッ、ハッ、ハッ......」
カシャ、ツー、ツー......
「ちょっと、テメー! 切るな! このヤローッ!」
圭一は思わずスマホを力強く握り絞める。ミシミシミシ......スマホが壊れそうだ。
「けっ、圭一サンッ!」
圭一の話す内容を聞けば、凡そその状況は把握出来る。顔が青ざめているのは圭一だけでは無かった。ポールも同じだ。
「美緒さんが襲われた。行くぞポール!」
「了解!」
この場所から病院までは然して離れてはいない。車を飛ばしていけば、20分とは掛からないだろう。しかし、病院のベッドで傷つき眠る1人の女性を殺すのに、1分と掛かる事は無かろう。ましてや相手は殺人のプロ集団ときている。
二人が到着するまでに掛かる20分。それはある種、致命的数字とも言えた。
美緒さんは、いつもスマホを肌身離さず持ち歩いていた筈......でも電話に出たその者は美緒さんじゃ無く、刺客だった。その状況って、かなりまずいだろ。もしかして既に拉致された? いや......俺達はいきなり撃たれたんだぞ! 目的は拉致じゃ無い。って事は......頼むよ! 勘弁してくれよ!
ああでも無い、こうでも無いと、ネガティブ思考だけが先行する中、やがて圭一は蜂の巣となった車へと舞い戻る。
刺客はこの場で圭一とポールを殺した事に確信を持っていたのだろう。ボディは蜂の巣。しかし、4つのタイヤは無傷だった。
「すまん、ちょっと急用が出来た。車借りるぞ!」
圭一は一方的にそう叫ぶと、ドライバーと要人を強引に車から引き摺り下ろす。乱暴である事などは百も承知。引き摺り下ろした相手が客である事も承知。もうこうなっては仕事も理性もあったもんじゃ無い。美緒の命に勝るものなどこの世には存在しなかった。
「ちょっと待ってくれ! もうすぐ警察が来るんだぞ。一体どう説明したらいいんだ?!」
ある種、異常とも言える二人の行動に対し、至極正常な反応を示す要人だった。
「適当に答えといてくれ。因みに今回の報酬は請求しないから安心しろ。それじゃ!」
キーッ、ゴゴゴッ......鬼気迫る二人を乗せたリムジンは颯爽と闇夜へと消えていった。
ピーポー、ピーポー......やがて暗闇に包まれていた皇居のお堀に赤い光の乱舞が始まる。パトカー、救急車、消防車......今更ながらにそんな車両集団が集まってくる。きっといち早く逃げ失せた一般車両の面々が通報したのだろう。
しかし、まんまとその場に証拠を残して帰るような刺客集団では無かった。バチッ! 突然、お堀の下から何かスイッチが入ったような音が立ち上がる。
すると、メラメラメラ......何やら煙かモクモクと辺りを黒く染め始める。お堀の下で突然燃え始めたもの......それはなんと! 自然発火した刺客の死体だった。唯一、彼らがここに居た事を示す足跡が消滅した瞬間だ。
やはり彼らはプロ中のプロ。そんな者達に命を狙われている圭一もポールも美緒も不運としか言いようが無かった。
一方、『EMA探偵事務所』の切り込み隊長たる桜田美緒はと言うと、今は樹海における一連の騒動で銃弾を身体に受け、身体をベッドから起こす事もままならない不本意な状況と成り果てていた。
その際、彼女の細いボディに打ち込まれた銃弾は二発。その弾が身体から抜き取られてからまだ幾日も経ってはいなかった。
そんな美緒は誰よりも用心深く、危機回避能力の塊とも言える人物。それは誰もが認めるところだ。恐らく......刺客が何人集まったところでそう簡単に彼女を攻略出来るものでも無い。
しかし、それは彼女が健康体であった場合での話。残念ながら今の彼女はそれとは程遠い状況と言わざるを得なかった。
そんな美緒の元に現れた悪魔達の右手に宿っていたもの......それは言うまでも無く
『カラス』だった。




