第5話 タトゥー
暫くすると......
「いてててて......そっちは大丈夫か?......」
呻き声を上げながら圭一が立ち上がる。すると、
「圭一サンの方こそ......大丈夫デスカ?...... 」
圭一の声に気付いたポールが直ぐ様反応を見せた。
「備え有れば憂いなし......今回は防弾チョッキに助けられたな」
「二人トモ、頭に撃ち込まれ無かったのが救いデシタネ」
「確かに......それにしてもこれは一体、どう言う事なんだ?」
「サァ......サッパリ分かりまセン」
見れば、要人もドライバーもピンピンしている。彼らを撃ち殺すチャンスはいくらでもあった筈だ。にも関わらず刺客達は『任務完了だ!』などと叫んで鮮やかに立ち去っていった。
「おい、ポール。この銃弾の跡を見てみろ」
車両には、左右から撃ち込まれた銃弾の跡が30箇所以上。見ればそれら銃弾の跡は、明らかに要人に向けられたものでは無かった。全てが左右の座席に座っていた圭一とポールに向けられたものだった。
「お前......何かやったのか?」
「何もやってマセンッテ! 圭一サンの方こそどうなんデスカ?」
二人は思わずアングリ顔。刺客の狙いは要人に有らず。なんと、圭一とポールの二人だったのである。
「そうだっ! 1人お堀に浮いてる筈だ。確かめよう。まだ息が有るかも知れん!」
圭一は思い出したかのように語ると、即座に堀の下へと駆け降りていく。ポールもすぐ後に続いた。下へ降りてみると、堀の水面には動かなくなった刺客がプカプカと浮いている。思った通りだ。
「よしポール、引き上げるぞ!」
「了解!」
バシャ、バシャ、バシャ。
真冬であるにも関わらず、二人は躊躇なくお堀の中へと突入していく。
「ダメだ。死んでるみたいだ」
全く反応が無い。見れば、圭一の放った銃弾は見事刺客の心臓のど真ん中を突き抜けている。恐らく即死だったに違いない。
ハァ、ハァ、ハァ......二人は白い息を吐きながら死体を堀の上へと引き上げた。すると......
「オヤ?」
ポールの目が死体のある一点に釘付けとなる。
「なんだ、これは?」
二人が不可思議な表情で見詰めているもの......それは死体の右手の甲にあった。
「コレ......タトゥーなんですカネ?」
「なんか『カラス』の絵みたいだな」
「『ヴァローナ』......デスカ」
「何だそりゃ?」
「カラスをロシア語で訳すと『ヴァローナ』って言うんデス。エマさんを追って、直ぐにでもロシア行けるヨウニ、ちょっとロシア語勉強してたんデス」
「ふ~ん......『ヴァラーナ』ね」
「違いマス。『ヴァローナ』デス。ちゃんと聞いてて下さいヨ」
死体の手に刻まれた『カラス』のタトゥーは一体何を意味しているのか? 圭一もポールもこんな仕事に就いている以上、日本国内における犯罪組織については一通り精通している。しかし、この『カラス』のタトゥーから連想される組織などは一つも無かった。
またなぜ、今、自分らは命を狙われたのか?......何度考えたところで、思い当たる節が無い。無差別テロ? だったら無抵抗の要人とドライバーを真っ先に殺しているだろう。他にも多数停止している車はあったが、刺客は見向きもしていなかった。全く分からない事ずくめだ。
ところが......ただ一つだけ分かる事がある。それは、『EMA探偵事務所』のメンバー全員が今後も襲われる可能性が有ると言う事だ。
エマさんは今、サハリンへ飛び立ってしまいここには居ない。自分とポールは既に死んだと敵は認識している筈だ。表にさえ出なければ、暫く襲われる心配も無かろう。
ところが......今日本に居る『EMA探偵事務所』のメンバーは2人だけでは無かった。数日前に銃で撃たれ、今病院で治療を続けているもう一人が居た。
自分らが今襲われたと言う事は、当然......




