第5話 見返り
「マーラは、構成員20,000人の巨大組織『ヴァローナ』に追い掛けられてイル。この国に何のツテも情報も無いアンタが、彼女を救い出す事は、悪いがほぼ不可能にチカイ。デモ俺が手伝えば、かなりの確率でソレを達成する事がデキル。それでなんダガ......」
男はニヤリと笑う。確かにこの男の言う通り、自分はこの国内で何のツテも情報も無い。もっと言ってしまえば、会話すらままならない。悔しいが、それは認めざるを得なかった。
「それで......あたしにどうしろって言うんだ?」
全ては条件次第。話の内容に寄っては、乗ると言う選択肢も、無きにしも有らずだ。
「俺と共に、俺の村を『ヴァローナ』から守ってホシイ......アンタの仕事の手助けをする以外に、ちゃんと報酬モ用意してル。悪い話デモ無いと思うんダガ......」
そのように語った男の目は真剣そのものだった。
「......」
エマは無言で考えた。『ヴァローナ』は自分にとって当面の敵である事は間違いない。そしてこの男とその村は『ヴァローナ』と敵対関係にある。利害関係で言えば
一致しているようにも思えた。
ただここで、一つ大きな問題がある。それは村を守る事に対して、期間が設定されていないと言う事だ。自分には成さなければならない任務がある。村を守る事のみに時間を費やす訳にはいかなかった。
「マーラ救出に手を貸してくれるんなら、報酬はいらない。その変わり、あたしがお前の村を守ってあげれるのはマーラを日本に送り出した後、7日間。それで良ければ、お前の話に乗ってやろう」
「ウ......ン」
男は考えた。1年前、300人の軍隊と戦って打ち勝ったと言う経歴を持つ女だ......さっき、その強さは身を持って体験したばかりでもある。『ヴァローナ』の猛威は日増にその激しさを増している。自分が留守にしているこの瞬間にも、連中は襲って来てるやも知れない。最早、選択の余地は無かった。
男はゆっくりと顔を上げ、そして口を開く。
「7日間か......思ってたより少ないガ、背に腹は変えられん。明日をも知れぬ村の運命ダ。ソノ条件、のませて貰おう」
エマは情に厚い人間......男はそんな情報すら掴んでいた。とにかく村まで連れて来てしまえば、あとはどうにかなる......もしかしたら、そんな目算があったのかも知れない。
「よし、分かった。とにかく村に行くのは、マーラを日本に送り届けた後だからな。そこだけは譲れないところだ。いいな。ところで......お前、名前は?」
『ミハイル』......それは既に死んだ男の名だ。まだこの男の真の名を聞いていなかった。
「Александр(アレクサンドル)アレクと呼んでクレ」
男は再び手袋をはめながら親から貰ったその名を告げた。よもや、この場に及んで偽りも無かろう。
「夜が明ければ、明日から忙しくなるぞ。列車が目的地に到着するまではまだ少しある。あたしも寝るから、お前も寝とけ。いいな、アレクちゃん」
「承知シタ、エマちゃん」
なぜ互いに『ちゃん』なのかはよく分からないが、多分、大した意味は無いのだろう。
やがて二人は、何事も無かったかのように、静かに喫煙室を後にしていった。
ギー、バタンッ。
正直......現時点においては、全てが解らない事ずくめだった。
『ヴァローナ』と言う組織
『マーラ』なる少女
この『アレク』なる
ヴァローナから離脱した人物
そしてその者が『ヴァローナ』から
守ろうとしている村
全てがベールに包まれている。百戦錬磨のエマとは言え、言葉も通じないこの異国における戦いを前にして、心細さを感じていた事は事実だった。
圭一......
美緒......
ポール......
目を瞑れば、日本に残して来た3人のメンバーの顔が自然と頭に浮かび上がってくる。
まぁ、どうなるか分からんけど、精精頑張って、早く日本に帰るとしよう......
グゴー、グゴー、グゴー......
座席に着くと、再びネバーランドへと旅立っていくエマだった。




