99.断罪のための恩赦8
もうちょっと別の人の様子を見てみましょう。
舞台上で役者を照らしつける『投光器』を観たとき、彼は一笑した。
偶然『街路灯』というものが国族ピトムの興味をひいただけ。
取るに足らない魔道具しか作れないトロイの惨めな姿を見てやろうして、死んでいたことを知った。
その時に感じた安堵が、彼を苛んでいる。
トロイの才能を認める気は一切なかった。
だが二度と名前を目にすることが無くなるように、痕跡を根絶しようと決めたのは直ぐのことだ。
国族へ『投光器』を献上できなくするためにも、演劇場のスタッフに金を掴ませて『投光器』を故障させるのは簡単だった。
国族の不興は街の消滅すら引き起こす災事である。
年経た者ほど流民だった過去の記憶は忌まわしく、処分することも容易い。
簡単に甘言にのり、容易く始末できた魔道具師の顔を思い出しながら、彼は階段を下りていく。
開けている視界に溢れる『照射機』の光は真っ白に廊下を染めており、一切の穢れはない。
演劇場の支配人が修理依頼をしたため、二度と直せないように念入りに破壊した時の愉悦を思い出し、彼の喉が笑いで震える。
バラバラに砕いた『投光器』を見て無様に泣き叫ぶトロイを想像するだけで、晴れやかになる気分。
その解放感を体現するように扉を開き、城から出る。
城壁との間を埋める庭園を歩きながら、引っ掛かった枝を折ると、その顔が再び歪んだ。
より優れた『照射機』を作り上げたことで、いずれはピトムに認められるという確信も彼にはある。
それでも彼は再び狂気にも似た憎しみを込めて、城壁の向こうへと視線を向けた。
直せるはずのない『投光器』を直した者がいる。
その魔道具師の発想がヒントになり迷宮内部にある空間魔術陣が修復された、という話もすぐに耳にはいる。
彼は手を伸ばして枝を折り、それを自らの腕へと突き立てた。
トロイの孫。
迷宮精霊と呼ばれている魔道具師。
空間魔術陣を修復し迷宮の層を繋ぐ一助を成し。
そして、今実際に空間魔術陣を用いて城壁の外へと逃げ出したであろう男。
その存在に対して感じている感情をかき消すために、彼は枝で腕をえぐり、引き裂いていく。
流れ落ちる血が地面を濡らし、荒ぶる息が無理矢理に抑え込まれ、治癒魔術によって強制的に傷が塞がれていく。
何度かそれを繰り返し、彼は枝を投げ捨てて笑みを浮かべた。
もはや彼には劣等感を覚える必要はない。
それを齎す相手がいなくなれば、全て解決すると経験から学んでいる。
そのために他者をどれだけ踏み躙っても、彼には一切の痛痒はない。
罪をでっち上げ。
擁護する者たちを利用し。
国族ピトムの力さえ活用して。
この国で誰よりも優れていると称えられるために。
おかしいな……? ただアゴが特徴なだけの人だったはずなのに、どうしてこうなった……?
(自傷行為は治癒魔術を習得してから行うようおすすめ申し上げます)