97.断罪のための恩赦6
シロイは脱出方法を思いついたようです。
さて、無事出られるのでしょうか?
「ふははははっ! 万策尽きたかっ!? 無能者め! 冒険者どものように這い蹲れ! そして断罪に怯えろっ!!」
いつのまにか復活したらしくアゴの割れた男が何やら上の方でまた吠えていたが、シロイたちは完全に無視をしている。
シロイは多少の無理が必要にはなるが、筆と墨があることで解決策を見出していた。
他店の魔道具師たちも試しただろう、空間魔術陣。
その基になっているのは迷宮のそれであり、未だ動きの封じられている魔道具師たちが模倣複製したのはつい最近のことだ。
だが移動先を自在に繋げられるような魔術陣は、彼らが研究していたとしても成果が出せるほどの日数は経っていない。
かといって、既知のものを作成しても移動先は魔物の巣窟である迷宮だ。
この大ホールのようなフロアにいるのは冒険者ばかりではない。どこかの魔道具工房主の身内だろうか、冒険以前に荒事にさえ不慣れそうな近隣の主婦の姿もある。娼館の嬢などは、とても迷宮を歩くような恰好とは言えない。
そんな人々を守りながら、迷宮を経由して脱出するのは困難だと判断して『英傑の門』の破壊を選んだのだろう。
「壊すのは無理だし。やっぱり別の道を作るしかないか。ちょっと手伝ってください」
階上から降り注ぐ嘲笑を尻目に、シロイは『英傑の門』の隣の壁を撫でながら、魔力を流していく。
そこより厚みのある壁も、同様に膨大な魔力で満たされている。だがこちらの壁には破壊を試さなかったのだろう、表面は鏡面のように滑らかなままで籠められた魔力にも影響がない。
試しに魔力を込めた墨を筆で塗りつけて、比べてみる。
油のように弾かれて歪む『英傑の門』とは違い、壁にそのまま墨が残ったのを確かめて、シロイは決断した。
振り返って嘲笑を続けていたアゴに向かって声を張ると、アゴの陰から見下すような顔が現れた。
「僕が外に出られれば、全員無罪で解放するってことでいいんですよね?」
「あぁ、そうだ。無能を認めて懇願するならば、処断を待ってやっても」
「それじゃあ、出ますね」
言葉を被せられた顔が歪むのを待たずに、聞きたいことを確認したシロイは既に背を向けていた。
筆を使い、壁へと書き込んでいく。
正円の内側に長方形を。その内側に複数の正方形を不均等に、角度をつけて描く。それと繋ぐのは絡み合うような波線。
それはシロイの腰ほどの高さの、小さなドアの絵に見えた。
それを中心に、外側にも図形を描いていく。
二重正円、二重四角、多種円。木や花のような記号。三又のような図形。文字。あるいは文字に似た図。
多種多彩な記号が使われているそれは、一つに復号化して平面化した魔術陣だ。
描くその姿には、迷いがあるようには見えない。
シロイの背丈が足らず、届かないところを描くためグヌルたちに担いでもらいながら、それでも手は止まらない。
シロイが店を維持するために素材を集めるようになった頃から、ずっと研究を続けていた魔術陣。
採取効率を上げるためでもあり、移動の手間を無くすためでもある。
迷宮で初めて空間魔術陣を見たときから、迷宮への転移という活用方法も含めて研究を続けてきたそれは、他の魔道具師たちのように一朝一夕の努力ではない。
トロイ魔道具工房の頃から、ずっと研究を続けて形にした魔術陣は、一つの成果を上げていた。
わずか20歩分の距離を移動するだけの魔術陣。
実際には魔術陣を描く時間の方が長くかかり、シロイの魔力をほとんど全て使うため、はるかに消耗する。
異空間が繋がる迷宮では、層を超えられず使うこともできない。
浅層でも道が入り組んでいるために使い道がなかった研究成果だ。
全てを書き終えたのだろう。二人に離れるように伝えて、シロイはドアの絵に両手を添える。
そのドアから波が広がるように、シロイの身体から流れ出る魔力が魔術陣全体へと満たされていき、その全体が光に呑まれた。
「…………外の様子を確かめてこい……」
壁から離れて見守っていた二人が慌てて壁へと駆け寄るのを睨みつけ、唸るような声が漏れ出る。
描かれた魔術陣とともに、シロイの姿はその場所から消えていた。
大脱出、というと何故か鎖で縛って爆破しないといけない気がするのはなぜでしょうね?
なお、シロイは大脱出ではないので大ホールは爆破されません。