93.断罪のための恩赦2
お城の中を案内されて、大きなホールのような場所に辿り着いています。
「さあ、諸君らが断罪から逃れるための、最後のチャンスだ! この城から出られたなら、諸君らの罪は全て不問にされる! 正門は既に解放されており、その『英傑の門』超えれば晴れて自由の身だ! もっとも、屑にそんなことができる筈も無いだろうがなぁ!!」
声高らかに両手を広げた癖毛の男は、ホールから見上げている彼らを見もせずにシロイへと向き直る。
兵士に視線を送り割れたアゴを動かすが、しかし兵士は小さな舌打ちを漏らしてシロイの背を軽く押しただけだ。
割れたアゴを見上げながら、シロイは努めて冷静に声をかける。
「……僕に、何をさせるつもりですか?」
主導権は完全に取られており、気まぐれで兵士に切り捨てるように言い出しかねない。
この割れたアゴの男がシロイに殺意を向けているのは明白だった。
流石にシロイもそれを感じ取ってはいたのだが、彼にはこの男に見覚えはなく素性どころか名前すら把握していない。
「これはただの茶番劇だ。誰も城からは出られない。あの『英傑の門』を開くことなど、超えることなど不可能なことだ」
シロイの胸元を片手で掴み、彼を軽々と持ち上げながら語る侮蔑は小声で誰に向けているのかも分からない。
その目は見下すようにフロアに居並ぶ者達へと向いていたが、そこにいる誰の姿も見ていなかった。
シロイは身体に服が締め付けられる感覚に、カリアにも同じような目にあわされたと思い返す。
それは一瞬強まって、消えた。
同時に感じる一瞬の浮遊感と、直後に訪れた落下感。
手摺越越しに見えた兵士たちの姿が瞬く間に見えなくなり、手摺さえも遠ざかる。
放り投げられたと気づいても、出来ることは何もない。触れるものが無い頼りなさを感じる暇もなく、身体中に衝撃が響いた。
肉が床に打ち付けられた音が、フロアに響き渡る。
城壁ほどではないとはいえ、シロイの家よりも高い位置からの落下は、意外にもさほどの痛みを与えなかった。
滑らかな石の床ではなく、飽満な脂肪にぶつかったためだろう。
落下を受け止めることになったグヌルは、下敷きになったままで短い手足を伸ばしていた。
「ご、ごめんなさい……って、グヌルさんか」
娼館の麗人たちではなくて良かったと思い安堵したシロイだが、グヌルに睨みつけられた。
腹の上から降りると、文句を言おうとして再開した呼吸でむせ返るグヌルから距離を置く。短い手足を緩慢に動かしながら立ち上がる姿は亀のようにも見えた。
「……クソガキめ。トロイの真似事のつもりか?」
「わ、わざとじゃないんですよ?」
他の人たちとは違いグヌルが動けるようになったのは、シロイがぶつかったことで何か変化が出たためだろうか。
グヌルの背後の方で同様に立ち上がろうとしている人影も見えた。おそらく、グヌルに着地した際に巻き込まれて押し飛ばされたのだろう。
その『ガレット』の一員で常連でもある茶髪の青年は、痛みに呻きながら頭を抱えて立ち上がる。
なんらかの衝撃を与えれば他の人も自由に動けるかもしれないと推測しつつ、シロイはしかし『英傑の門』へと向き直る。動けなくされた方法がわからない以上、もう一度同じようにされるかもしれないためだ。
そのため、外への逃げ道を確保することを優先することにした。
「……チッ。相変わらずの状況か」
そう呟き階上を睨むグヌルの先には、癖毛の男。
その指示に従った兵士たちは、何かを運んでいる。
シロイは自分のやるべきことを考えて、『英傑の門』へと近づいていく。
左右一対、対称となるように全体に施した彫刻は精緻だが、所々に傷跡や焦げ跡が見て取れた。
彫りこまれているのは半裸の男性像。背をもたれかけ、片手を中央へと伸ばして何かを掴み取ろうとしている。その手に絡むように布が巻かれており、裸身へと巻きついて下半身を隠している構図。
上から見下ろすことを前提として作られたのか、見上げると歪に見えた。
軽く手を添えてなぞってみると、表面の傷や焦げ跡は真新しくその周辺がわずかに剥落する。
おそらくは今は動きを封じられている冒険者たちが開こうとした跡だろう。
しかしどれも表層を削る以上の効果はなかったらしい。
「破壊するのは無理。鍵穴は無し。押し開けたりは試しただろうけど…………そもそも開くようになってなさそうなんだよね」
剥落跡に触れて魔力を流しながら、その流れ具合で構造を調べていく。
その結果に、シロイは首を傾げた。
かつて『ナトゥス』で手荷物扱いされていますが、投げつけられはしませんでした。
『まばゆいマンボ』はあれで意外と紳士なので、ちゃんと受付嬢に手渡ししています。(『救援活動』を参照ください)