92.断罪のための恩赦1
シロイのいる場所は住み慣れた北街だったようです。
外壁から見えた景色に目眩を覚えながら、シロイは無理矢理立たされて再び歩かされる。
引き起こした兵士の顔には同情の色が浮かんでいるが、だんだんと感覚が戻ってきた耳には真逆の声が聞こえてきた。
「ふん、見た目通りに貧弱なやつだ。その程度の胆力しかない分際で、よくもあんな大それたことを企んだと褒めてやるべきか。それとも身長も思慮も母親の腹にでも忘れてきたか?」
ちらりと後ろを振り返ると、癖毛でアゴの割れた男が見下ろすようにアゴを上げて喋り続けていた。
その態度や言動に不快感を抱くよりも、その仕草と顔に吹き出しそうになって前を向く。
裸足で歩く廊下は螺旋階段と同様に細かな凹凸が感じられた。
壁や天井のような滑らかさでは、走った勢いで滑りかねない。それを踏まえて加工しているのだろうと予想できたが、これだけの建築物がいつのまに出来ていたのかと疑問を抱く。
だが、シロイの見知った大工仕事や職人技術では、これだけの巨大な建造物を建てているものはない。
普通の家を建てるだけでも複数人がかりで、ひと月は必要になる。
これを人の手で建てるということは不可能なことに思えて、強面ではあるが気づかわし気な兵士へと問いかけた。
「この建物を作るのに、どのくらい大勢の人が従事したんでしょう?」
兵士は軽く肩をすくめただけだったが、しかしアゴの割れた男が蔑むように顔を近づけてきた。
「いいか愚か者。この城は偉大なる国族ピトム様のお力によって、一瞬にして作られたものだ。お前のような屑が何万人集ったところで、真似できるようなものではないのだ!」
何故か自慢気に語り、シロイを指差して見下す。
そのまま高笑いするのを横目に、ため息交じりの兵士に肩を押されて促された。
外壁上の廊下は中程で広くなり、城部分へと繋がっている。
開け放たれた大扉の左右には兵士が立ち、シロイたちが通り過ぎていくのを待っていた。
しかし、その中に広がっている景色はシロイを躊躇わせる。
金糸で装飾された赤い絨毯が城内の廊下を覆い、ところどころに剣を掲げた鎧が飾られている。
壁に飾られている絵画はもっと多い。その枠になっているのは純金だろうか。
異国の遊戯版が置かれたテーブルもあれば、見たことのない花を生けた花瓶もある。
そのどれもに精緻な彫刻が施されており、おそらく駒一つでさえシロイの年収を超えるだけの価値があるだろう。
そんなものがある意味無造作に並んだ廊下を歩いて、開かれた吹き抜けへと辿り着く。
冒険者寄合所がそのまま入りそうなほどに広い吹き抜けを、細やかな装飾が施された手摺が囲っていた。
その隙間から見えるのは、この城の正面入口だろう。雄々しい英傑の姿が浮き彫りにされた巨大な扉。
その前に広がる大ホールに多くの人影が見えた。
まるで舞踏会に使えそうな場所だが、楽団の演奏もなく、着飾っている者もほとんどいない。
しかも誰一人として声を発することもなく、その場から動かずに佇んでいる。
「諸君、出迎えご苦労! 楽にしたまえ」
癖毛の男が声を張ると、彼らは僅かに首を上へと捻った。
その不自然な動きに、シロイは彼らが人形になっているように思えて身震いする。
そのほとんどがシロイの知っている人物であったのも、恐ろしさを助長した。
毎日のように『光る足跡』を借りて行った新人冒険者たち。
たまに失敗作を処分購入していく『ガレット』という冒険者集団。
『掃粘剤』を毎回大量に購入する娼館『オルビィ』に勤める者たち。
一度だけ来店しただけの近隣の主婦や、湯屋の店員。
冒険者寄合所『ナトゥス』で見かけた面々もいた。
南街の演劇場『シャトレ』の職人や、支配人であるグヌルの姿もある。
この街に残る、シロイに関わっていた人間。
そのほとんどが、虚ろにシロイを見あげていた。
誘導役の兵士は国家迷宮調査隊のトホホさんです。(※『迷宮に潜る者たち』でシロイの確保を検討していた人)
他の兵士たちも国家迷宮調査隊。
彼らは迷宮調査のないときは国族の住む施設などの警邏や、国街の治安維持に尽力しています。
基本的に雑用係として扱われている、とも言えます。




