91.城3
シロイの混乱が収まり、連行されるようです。
耳が騒音に慣れてしまい、癖毛で割れたアゴの男が上げている怒鳴り声はシロイには届いていない。
それを理解したのか、顔に傷のある強面の兵士は剣を納め、格子戸の鍵を開けた。
左右に離れている他の兵士たちが油断なく剣に手を置いているのを見て、シロイは何故これほどまでに警戒されているのだろうかと疑問に思う。
手招きされるままに牢屋から出て、渡された服に着替える。
半袖のシャツと短いズボンはシーツのように滑らかな肌触りで汚れ一つない。
よく見れば兵士たちが鎧の下に着ている服も同様で、鎧も剣も傷一つなかった。
だがその所作は新兵のものではなく、一方的に斬りつけられる距離を保ち油断も見えない。
シロイは若干身体をふらつかせながら、兵士に促されるままに螺旋階段を下りていく。
全く薄汚れたところが見つからない石造り。南街に出入りする機会がそれほど多くないシロイも、この建物の異質さを感じ始めた。
まるで昨日今日建てられたような清潔さと、街区長邸にもなさそうな長い螺旋階段。
どうやら『塔』と呼ばれるものだろうと推測するが、そんな物は歌の中にしか出てこない非現実的な代物だ。
街のどこからでも目に出来るような高さの物を造るなど、職人も依頼人も正気を疑う話である。
だが、この『塔』の持ち主はそれ以上に酔狂であり、常軌を逸している。
兵士に連れられるままに『塔』の外へと出る扉を抜けたシロイは、目眩を感じながら確信した。
シロイが囚われていた塔は壁の上に建てられており、その壁は道のように伸びている。
その渡り廊下のような両脇は凹凸のついた壁となって、片方の凹部分には外側に向けて固定された弩が備えられている。
反対側に覗いているものを見上げると、シロイの口から渇いた笑いが漏れた。
絵画をそのまま貼り付けたようなガラスは巨大で、シロイ魔道具店がまるごと収まるだろう。
それを擁する壁は白磁。
いくつものバルコニーと、いくつかの絵画ガラスを積層させて、塔よりも高く大きく伸びている。
見えるだけでも四層。
壁の上からそれを見上げたシロイの足がふらついた。
呆れと驚きで身体の力が抜けてしまったのだろう。
もたれるようにして弩のある壁にぶつかり、その隙間から下が見えた。
それを幾何学的な絵画のように感じたのは、絵画ガラスを見たためだろう。
多くが茶や黒に近い色。時折大きめの灰色のものが混ざる。それらは不規則に乱雑に、時に重なって並ぶ不揃いの屋根だ。
それらを上から見下ろしていることに気づいたシロイは、自分がどこにいるのかを理解して、硬直した。
巨大な城の外壁の上から見下ろした街並みは、角度は違うが見慣れた景色だ。
それは、住み慣れた北街の中心部。
シロイは目眩が抑えられずに崩れ落ちる。
「…………冗談でしょう?」
北街の街並みをすげ替えて、その城は鎮座していた。
混乱が収まったからと言って、混乱させないとは言っていない。