89.城1
そろそろ回想っぽい場面は終わりにして、シロイに意識を取り戻してもらいましょう。
かすんだ意識から覚醒し、右目だけが開いたシロイが最初にしたことは痛みに顔をしかめることだった。
左目を覆う包帯は側頭部にできた裂傷も覆い隠している。
そこに伸ばそうとした腕にも細かな裂傷があるらしく、ひりひりとした痛みを伝えてきたが、全身にかけられた綺麗で柔らかな布団に覆われて見えない。
見たことも無いほどの精緻な刺繍が施されたシーツに包まれた布団を、恐る恐るはだける。
一糸まとわぬ姿で寝かされていたのは治療のためだろうか。
左目に包帯越しに触れると、わずかに眼球の感触が伝わる。目を動かしてみると痛みもなく、ちゃんとその感触も伝わってきたことにシロイは安堵した。どうやら瞼の上あたりに傷があるのか、突っ張るような感触はあったが、失明したわけではないらしい。
全身を確かめると、左半身に裂傷跡が多く残っている。治癒魔術によるものだろうか、既に傷は塞がれているようだが、違和感と痛みは残ったままだ。
何やら夢を見ていたような気がして、その中で誰かを探していたように思うが、記憶があいまいではっきりしない。
何故自分が裸になって治療をされているのかと顧みて、店舗の窓が吹き飛んだのを思い出した。
「……カリアさん?」
すぐそばにいた彼女も治療をされているのかと思い、ベッドから降りて周囲を見渡したが人影はない。
それは治療のために使うには違和感のある部屋だった。
シロイが横たわるのには十分な大きさのベッドは豪華で、初めて触れたほどの柔らかな布団が載せられている。敷かれているシーツも呆れるほどに真っ白だ。寝台は不自然なつやがあり、石とも木ともつかない素材。
床に触れた足裏からは異常に滑らかな石の感触。
それに目を向ければ、シロイはうっすらと自分の姿が映っているのを確認できた。
一方の壁以外はどれも同じ石材を使っているらしく、どのような職人の手によるものかと場違いなことを考える。
それが職人であれ医師であれ治癒術師であれ全裸であうのは恥ずかしいと思い、脱がされたであろう服を探すが部屋の中にはどこにもない。
仕方なくシーツを剥いで体に巻き付けて立ち上がった。
唯一、石壁ではなく一面に金属製の柵がはめ込まれているほうへと顔を覗かせる。
牢屋を見たことのないシロイだが、閉じ込めるための部屋であることは直ぐに理解した。
柵の向こうへと目を開けてみると、そこはまるで執務室のようになっていた。
シロイのいる牢屋が五つは入りそうな大部屋は、一面に毛足の長い絨毯が敷かれている。
その中央、牢屋と向かい合うように置かれているのは、製図机だ。
それを使う際の資料だろう、大きく分厚い本が机の両脇に積まれている。
壁際に目をやれば鉄で出来ているような頑丈そうな棚が並び、本が抜かれただろう箇所が所々で空いていた。
その棚の間に見えたのは、おそらくは下階段だろう。
緩やかに湾曲して下がっていく天井と、開け放たれた窓が見える。
手前側を覗こうとして柵にある格子戸に触れたが開かない。
代わりに柵の棒が一本、半ばで千切れて折れ曲がり、他の棒へとガンガンとぶつかった。
その大きな音に驚いて手を離すと、ゆっくりと元に戻る。
もう一度触れると、またガンガンと音を上げた。
「……どうなっているんだろう……?」
夢のことも、今の状況さえもわからないまま。
シロイはぼんやりと呟いた。
ここはいったいどこなんでしょうね?
(サブタイトルがネタバレしている気がするが気づいてはいけません)




