88.過去の記憶3
シロイの回想をみています。
孤児院の子供たちの行く末は多岐にわたるが、最も多かったのは国街への『出荷』で、それは今も変わらない。
数年に一度の頻度で国族が勅命を下す。
兵士たちの指示の下、移送に耐えられる全ての子供を対象として。
だが、その子供たちがどうなるのか知る孤児はいない。
それでも孤児たちには移民の子も多かったため、家族や知り合いとの再会を願って国街への移送を待ち焦がれる者もいた。
しかしシロイは自分には家族や親と呼べるような親い者がいない。移民という集団からも捨てられたのだと理解していたため、そんな者たちがいる場所に行くことは望んでいなかった。
行く当てもない彼が孤児院にいる間に勅命は下されず、孤児院に現れたトロイから弟子入りを勧められた。
職員たちもシロイに語ったことではあるが、シロイから見てもトロイは変人だった。
自分の家に連れ帰り、服を与え、食事を摂らせ、仕事を与え、教育を施した。
魔道具師としてほとんど仕事が無く、稼ぎも蓄えもロクに無い中。
弟子に殴りつけられて見限られても、迷いなく笑った。殴られたことを気にすることも無く、楽しそうに。
そのまま何もなかったように仕事へと向かう姿に、シロイは憧れた。
孤児院で集団暮らしをしていても、気がつけばいなくなって、気づかぬうちに死んでしまう。
自分を捨てて国街を目指した誰かのように。
捨てられても笑って、一人で生きていけるトロイへの憧れ。
その思いは、シロイに魔道具師への強い憧れを持たせた。
魔道具師になれば、一人でも生きていける。
そう思って研鑽を積み、努力を重ね、時に拳を落とされながら。
シロイはトロイの弟子として、魔道具師への道を歩んできた。
そして、トロイが倒れて。
再び一人になった。
力強く笑うトロイの姿を思い出して、真似するように笑おうとしたシロイの目から涙が溢れる。
魔道具師として。
トロイの弟子として、一人で生きていけるようにならないと。
そう思うほど胸が締め付けられて、悲しさが溢れてくる。
トロイから、一人で生きていく強さを学んだはずなのに、砕けそうな自分を奮い立たせることも出来ない。
それが悔しくて、悲しくて、シロイは涙を止められなかった。
トロイが死んでからどうなったのか、思い出せなかった。
身体中にヒビが入っているように痛み、泣きながら顔を上げる。
トロイの死を思い出したシロイは、自分が一人では生きていけないほど弱いことを噛み締めていた。
顔を上げた先に見えているのは、トロイの最後の姿。
衰えて枯れ木のようになった腕。しわが多くなった顔。不精に伸ばしたままの白い髪と髭。
いつも作業をする際に着ていた服をそのままに、しかし立ち上がることも出来なくなって横たわっていたはずのトロイが、そこに立っている。
その口が歪み、皮肉気に笑う。
「俺の弟子は、どいつもこいつも馬鹿ばっかりか」
生前と変わらない声は、とても優しくシロイに届く。
気づけばシロイの身体中が傷だらけで、あちこちから血が流れていた。
その痛みが記憶を呼び起こし、シロイは店舗が爆破されたことを思い出した。
それによって命を落として、トロイが迎えにきたのだろうか。
半ばそれを期待するように、起き上がるトロイを見つめる。
しかしトロイは苦笑すると、ゆっくりと立ち上がって皮肉気な笑みを浮かべた。
「ガキはいつまでも泣きやがる」
「……っ……トロイ……」
血と涙で顔を濡らしたシロイが、トロイに縋り付こうとするが、突き飛ばされた。
戸惑って見上げると、嬉しそうに笑う顔が見える。
「てめぇが縋り付くべき相手は、もう俺じゃねぇだろう。てめぇは俺と違って、一人でなくても生きていけるほど強くなっただろうが」
優しく笑いかけるトロイの手が、そっとシロイの頭を撫でた。
「じゃあな、シロイ。お前はさっさと、守りてぇ奴のところに帰れ」
その顔は弟子の独り立ちを祝う師匠の顔であり。
孫の幸せを祝う祖父の顔だった。
嬉しそうな満面の笑みが霞んでいく。
見送り続けるシロイの意識もまた、ゆっくりと霞んでいった。
あ、これ回想じゃなくて走馬灯でしたね。
(ただし死なない模様)