87.過去の記憶2
シロイが昔のことを思いだしています。
この国は通年で寒暖差が少なく、地震などの災害にも縁がない。
しかし天候が荒れる時期が数年に一度はあり、家のない人間が多数被害にあうこともある。
シロイがそれを免れたのは、直前に馴染みの店から孤児院の存在を聞いたためだ。
川の中州にある隔離されたような場所、西街区。
そんな場所にありながら、増水した川の中でも浸水することが無い中に古ぼけた施設がある。
ガラスもない窓と、あちこちを戸板で塞いだ壁に囲まれた大きな孤児院には、移民の捨て子やこの街の孤児で溢れていた。
土砂降りの雨は川を増水させ、向こう岸にあるはずの川原はほとんど見えない。
そこに暮らしていた者たちが生き延びたのか、シロイは全く気にかけていなかった。
部屋の中で騒ぎ立てる子供たちから距離をおいて、寝床を確保すること何よりも重要なことである。
当時自分のことだけを考えていた彼は、しかし孤児院という場所でそれを貫けるほど逞しくはなかった。
孤児院の職員たちは溢れた孤児たちの相手もままならず、施設の管理も不十分だった。
雨漏りの対処と孤児の相手に手が回らず、年嵩の孤児たちが手を貸してなお、混乱状態は収まらない。
そんな中で食事や寝床の確保ができなくなるのは、腕力も体力もない子供たちだ。
放っておけば死ぬだろう彼らに手を差し伸べていたのは、孤児院で数年を過ごしていた年嵩の少年少女たち。
シロイは彼らの様子を、固いパンと石を手に見つめていたが、関わるつもりはなかった。
寝床の無い子供たちに分け与えた食料を、年嵩の孤児や職員の目を盗んで力任せに奪っていく。
人目を盗んでそんなことをしていた者に、石を投げつけて気絶させて根こそぎ奪い取る。
自分よりも幼く弱っている子供たちから、食料を奪おうとは考えなかった。
職員や年嵩の孤児たちが分け与えている先がなくなれば、不意打ちで食料を奪う機会が減るという打算が彼自身が納得していた理由である。
だがそれ以上に、かつての自分の姿を彼らに重ねて、辛さを共感していた。
手に入れた食料は半分だけ貰い、固いパンも最初に奪われた孤児へと押し付ける。
礼を言われることも無く、警戒するような目で見られただけだったが、シロイは気にしなかった。
そんなことを数回繰り返し、勘違いから職員に掴みかかられた。
邪魔された誰かが、シロイが子供たちから食料を奪っていると告げたのかもしれない。
体格的にも腕力的にも差があり、全く歯が立たず打ちのめされるだろう。
その上で孤児院を追い出されるだろうと思っていたが、止めたのは食料を分け与えていた子供だった。
異国の言葉しかわからず、拙い言葉を使って全身で庇ってくれた黒髪の子供。
誰かに守られるということを初めて知って、泣きじゃくったのを思い出してシロイは恥ずかしくなる。
それがきっかけで少しだけ孤児たちと打ち解けられた。
シロイという名前は彼が自分を呼んでいた言葉だったが、結局意味はわからないままだ。
数日後にはその子供はいなくなってしまったから。
どこかの金持ちが買っていったらしい。
それからしばらく、シロイは孤児院で暮らした。
石投げで動物を捕って。
廃材で孤児院の補修をして。
新しい孤児を迎えて。
多くの孤児がいなくなった。
自分の将来なんて考えたこともなくて、ただ毎日を生きているだけの日々を重ねて。
たまに冒険者になった孤児たちが戻って来ても、そんな生活ができないことはシロイにはすぐにわかった。
彼自身の腕力や体力の少なさを自覚していたこともある。
だがそれ以上に色々なものを失っていた彼らは、孤児院に来た理由は支援ではなく、たかりや人買いの手伝い。
足切りされたのだろう、路上で腐っていた彼らの姿をシロイは今でも覚えている。
そんな姿になりたくなかった。
でも、何かになるなんて、考えもしなかった。
ただ毎日を生きていくことしか考えられずに、何も目指すものを見つけられずに、ただシロイは生きていた。
そんな時、孤児院にトロイが来た。
裏設定的なお話。
本文で出てくる黒い髪の子供は新人冒険者の黒髪の彼です。(ナトゥスの不文律を参照ください)
彼の言う「シロイ」は彼を守って死んだ姉の名前。
当時のシロイに姉の姿を重ねて、慕っていました。
買い取られたのちに冒険者見習いとなってシロイ魔道具店を発見してあまり変わっていないシロイを見つけます。
ずっと女性だと勘違いしたままなのは、幼少期の思い込みもあります。
(完全に別の話になるので書いてません)