83.救助の代償3
迷宮が使えなくなった悪影響により、経営が悪化しています。
「シロイ、素材が足りないのであれば、差押え品で使えるものがないか確認しませんか?」
いつもの店舗でカウンター。
それを挟んだカリアの声が控えめなのは、シロイの集中を邪魔したくないためだ。
迷宮が閉鎖されてからひと月。
多発した取立業務が落ち着き、溜まった疲労も抜けたカリアの血色は良く、しかしその表情は暗い。
昼の日差しが窓越しに差し込む店内には、いくつもの魔道具や日用品が並べられている。
カウンター内にいるのは店主であるシロイだが、彼は店内にいるカリアへ目を向けることなく、手元に並べた木材を魔道具へと加工する作業に忙しい。
魔道具店の運営には商品が不可欠であり、その素材入手は欠かせない。
個人経営の場合は業者から余り物を仕入れるか、自身で仕入れる事で素材を賄うことがほとんどだ。
シロイにはその伝手がない。元々、近隣の森や迷宮などから自身で仕入れた品物を使っていたため必要がなかった。
迷宮が使えなくなったからと言って伝手ができるわけでもなく、森から得る量を増やすしかない。
しかし、他の街へと移る冒険者が資金調達をしたのだろう。野草の群生地は荒らされて踏みつけられた花が散っていた。
野生生物も乱獲されたらしく、至る所に血の跡が残され、姿を隠してしまったのか見つける事は出来ない。
それでもシロイは休日のたびに草の根や木の皮など採取可能な素材を集めているが、量も質も落ちている。それは商品作成にかかる手間を増やすことになり、魔力消費が多くなっていた。
この先、改善するまで相応に時間が必要となる。このままでは経営が成り立たないし、それ以前にシロイが身体を壊すだろう。
しかしカリアの言葉を聞いても、シロイの眉は寄ったままで不快そうな表情は崩れない。
「……いえ。自分でどうにかしたいんです」
独力で状況を覆すことが難しい事は、シロイ自身わかっている。
無い物はどうにもできないのだ。
素材も人手もない店が潰れるのは時間の問題だとわかっていながら、シロイはカリアの提案を受け入れらられずにいる。
自力で仕入れた素材だけで店を運営することは、トロイ魔道具工房がシロイ魔道具店になっても変わらない。
その考えに囚われている今の彼には、普段のような愛想の良さはない。
魔道具に向き合っている今でさえも苛立ちを堪えるような表情になっており、楽しんで仕事をしていた姿とはかけ離れている。
ひとり無力感に自重するときの笑みが、彼の師匠の皮肉気な笑みに似ていることなど、カリアにはわからない。
ただ、苦し気な彼の力になりたいと思い、目を合わせてくれないシロイへと話しかける。
「あの……シロイ。言いにくい事ですが、もう貴方一人でこの店の状況を立て直す事は難しいと思います。思い切って、店舗を建て直して工房にするのはどうでしょう。シロイは実績もありますし、個人店舗にこだわる必要はないですよね。今なら他の魔道具師や魔術師の雇用もしやすいですし……」
「カリアさんは魔道具師でもないんだから店の方針には口を挟まないでください」
うかがうように語るカリアの言葉を遮り、シロイは口早に会話を打ち切った。
視界からそらすように彼女に背を向けて木材を削り出す作業を続ける。
しかし会話によって途切れた集中で手元が滑ったのか、その刃先が必要な箇所を削いでしまった。
ため息をついて苛立ちを堪えても、削りとった箇所が直るわけでもない。
欠けた木材は、トロイが欠けた不甲斐ない自分のように見えた。
店を盛り返す手段もなく、だが店を潰したくもない。
カリアの言うように、個人経営の形式にこだわるのが無意味なことだと自覚もしている。支援を受け入れられないのも、そのこだわりのせいだとわかっている。
それでも振り切れず、カリアに八つ当たりしている自分が、シロイはたまらなく情けなかった。
「シロイ」
優しく語りかけるようなカリアの声に、振り返ることもできない。
支えようとしてくれるカリアへの接し方が、シロイは未だにわからない。
これまで一人で足掻いて生きてきたため、甘え方も頼り方もどうすればいいのかシロイにはわからない。
そんな彼に、カリアは優しく声をかけて。
その脳天に、鉄鎖鞭の柄を叩きつけた。
頭頂部から裂けるような衝撃が腰まで突き抜け、足先まで走り抜けた。それが駆け戻るようにして脳髄に痛みが響き渡る。
「〜〜〜〜!!?」
言葉にならない悲鳴をあげて悶絶する。
カリアはそのシロイの胸倉を掴んで引きずり上げて、正面から向き合うと。
「いつまでも一人で生きないでください」
そう言って優しく笑った。
シロイが根腐れていましたが、ダメになっているのを奮い立たせようとする(物理)恋人や家族がいるので立ち直れるかもしれません。