81.救助の代償1
シロイがカリアとイチャイチャしていた間、迷宮内の冒険者たちを救出する活動ってどうなったんでしょうね。
日々を共に過ごすうちに、少しずつカリアとの生活を受け入れる余裕がシロイにも生まれてくる。
カリアは一日のほとんどが仕事のため、一緒にいる時間は少ない。当初シロイが懸念していたような、店の経営や運用についても口を挟むこともなく、昼頃に来店するということもなくなった。
同居をしているとはいえ、朝食時と夜に寝る前のわずかな時間だけしかゆっくりと顔を合わせていられない。
だがそれは元々親い相手との会話に不慣れなシロイには助かることでもあった。
シロイがその中で気づいたのは、他人を迎え入れるための準備や理解が随分と不足していたことだ。
部屋の準備も急遽行ったため、後から床や壁の傷みに気づいたが未だ修繕ができていない。
湯貯めもカリアが【製湯】を使えないとは思っていなかったため、専用の魔道具の作成も必要だ。
彼女の部屋を仮にしか用意できておらず、寝室として使っているシロイの部屋にある布団は粗雑なもの。それはさすがに申し訳ないと、カリアの部屋に新しい布団を用意した。
グヌルに口添えまで頼んで仕入れてもらった国街仕入れの逸品である。手をつくだけで沈み込むという布団は相応の値段がしたが、グヌルに演劇場に呼ばれないときに来るなと言われて無料で譲り受けていた。
演劇場の魔道具師たちが誤解するためらしい。
しかし、その布団を何故かカリアは使おうとしないことは、シロイには謎だった。
尋ねてみてもはぐらかされてしまい、理由を予想するしかない。
カリアはシロイを抱き枕にしながら温まって眠ることに大満足していたためで、それを知ればシロイが本気で恥ずかしがり距離を置かれると分かっていた。そのため回答をする気はなく、毎夜シロイの部屋へと赴くのを楽しんでいる。
しかしシロイにとって、いつ食いついてくるかわからない肉食獣と眠るのは、日々を重ねてもなかなか慣れるものではなかった。
家屋の中身を案内していなかったことに気づいたのは、シロイ魔道具店が休日になってからだった。
そうは言っても普段の生活でほとんどの部屋を出入りしていたため、残っていたのは商品在庫置場兼物置の部屋くらいだが。
その部屋に置かれた『光る華』の大束を見つけたカリアの笑顔は、とてもではないが見せられたものではなかった。
訪れることをシロイが待ち続け、思い続けてくれていたことが明瞭にわかる存在。
それはカリアの顔をこれ以上なく蕩けさせ、暴走させた。休日は蹂躙されたのである。
シロイはあまりにそれが危険であるとを身をもって体験し、今では『光る華』の大束はカリアの実家の私室へと運ばれており、ここにはない。
万一不満が抑えきれなくなって実家に戻った際に、落ち着いて貰うためにそうしたのだが、シロイとしてては身の安全を守る意図しかない。
それをボレスが実家に戻った嫁が帰ってくるようにする配慮だと感心しているなど、彼には予測もつかないことである。
そうしたことがきっかけとなり、その部屋に埋まっていたものについて話が咲いた。
それは主にシロイの失敗作や、作成途中で行き詰まっていた品物だ。
魔道具作成に関する知識がないカリアだったが、それらを語る様子を見るのが楽しく、共に夜更かしすることもあった。
トロイの遺品を前に思い出を語るシロイを見て、若干彼に嫉妬したことは彼女の秘密である。
それでも以前よりも眠れるようになったある朝。
まだ少し残った眠気を振り払いながら彼は仕事をしていた。
『光る足跡』など、急遽冒険者たちの常用品も用意したのは、店外で待っている客にその姿を見つけたためだ。
どうやら迷宮前にいた魔道具師たちは救出を成し遂げたらしい。
その影でどれだけの魔術師の努力があったのかは考えないことにした。
何故か『魔力大回復飴』を渡されていた魔術師ほど、店の窓越しに睨みつけている視線が強い気もするが、必死に視線を合わせず気づかないふりをしする。
それとは違い魔術師ではない冒険者たちは来店しては気さくに声をかけていく。
「よお店長! 嫁さん貰ったんだって? 俺らは仲間が助かってハッピー! 店長は嫁さん貰ってハッピー! いいことずくめだな!」
「お前のおかげらしいじゃねぇか、ありがとうな」
「やっぱ、店長も『掃粘剤』使ったの? あぁ、いや聞くまでもないよな。もう二度と『オルビィ』に行けないかと覚悟したけど……ありがとうな」
口々にあがるのはほとんどが感謝の言葉だ。カリアの同居を勘違いしている言葉もあるが、数も多いために否定しても追いつかず、そもそも彼らはテンションが上がりすぎているのか話を聞かない。
どうやら彼らの多くは現場で救出作業にあたっていた魔道具師たちや魔術師たちから、シロイが空間魔術陣のヒントを提供したことを聞いたらしい。
実際に魔術陣構築を手伝ってはいないシロイには救出の役に立った実感はなかったが、生還した相手にそれを言うのは野暮であろうと苦笑を返している。
だが彼らが退店しても、用意した『光る足跡』が棚に並んだままだった。
冒険者たちの多くは、迷宮への再挑戦を断念したためだ。
救出活動者たちの尽力により、一時的に帰還できる程度まで道幅を広げることができたらしい。
しかしそれは元に直ったわけではなく、いつ消えるかわからない不安定な道。
今のままでは迷宮内部に取り残される危険は依然高く、冒険者たちの足を鈍らせていた。
新たに空間魔術陣を張り直す案も出たが、接続先の確認ができない。溶岩にでも繋がれば一瞬で周辺が蒸発する危険もある。
冒険者寄合所『ナトゥス』でも公式に迷宮内部への侵入を禁止すると発布したらしく、迷宮に向かうのはデメリットばかり。
そう遠くないうちに浅層への道は崩壊して、迷宮入口の天然洞窟だけが残るというのが、彼らの見立てだった。
そしてそれは、この街で冒険者たちが生活することが困難になるということでもある。
顧客の多くが冒険者である店舗ほど、その影響は大きい。
個人店舗などは潰れる所も出てくることだろう。
例えば、シロイ魔道具店のように。
だが、シロイ魔道具店が潰れるのと迷宮の消滅とは無関係だ。
シロイ魔道具店が潰れるのは、彼の名が『大罪人』として残る理由なのだから。
カリアは救出活動には協力しておらず、優先順位はシロイとのイチャイチャが最優先です。
ただ立場上仕事を放りだすわけにいかないため、休日を一緒に過ごすために苛烈に働いています。