80.共同生活5
シロイ魔道具店にカリアが同居を始めました。
が、帰ってくるのを失念してシロイは魔道具作りに没頭していたため、カリアはふてくされています。
ふてくされたカリアとテーブル越しに向かい合う。
責めるような視線が多少シロイの居心地を悪くしていたが、それが甘えられているのだと理解していたシロイの表情は少しゆるい。
店舗側から入り、カウンター奥にある扉の先。
狭い通路の端にある居間であり、手狭だがキッチンもある。本来は食事をとるためのテーブルだがシロイもトロイもほとんど使ったことはなかった。カウンター内で作業をしながら済ませる生活のせいである。
テーブルに置かれているハーブティーに鎮静効果の高いものを選んでいるのは、カリアの不機嫌さを抑えるためだけではない。
不慣れな感覚に戸惑いと緊張を覚えたシロイ自身が、落ち着きたかったためである。
その香りを何度か吸い込んで、シロイは今日作っていた物の一つを置いた。
「合鍵、渡しておきますね」
一瞬で機嫌を直したカリアの顔が喜色に染まり、愛おしい物を抱くようにして合鍵を手に取る。
取立ての際に居留守相手に、鍵や戸や窓を破ることにも手慣れていてる彼女だ。とはいえ自分が暮らす場所にそんな真似をしたくはなく、店外からシロイを呼び続けたことしばらく。
周囲の憐れみと嘲笑にだんだん声音が恐ろしさを増したのは気のせいであろう。
シロイもそれに怯えて用意したわけではなく、毎日の出入りに困るだろう営業中に用意していた。もちろん彼女の業務を察した訳でもない。
受け入れられた証明のように合鍵を愛おしげに見つめているカリアから、シロイは目を逸らす。
まだ恥ずかしさがあり、昨日の記憶もまだ鮮明に残っている。彼もまだこの状況に慣れるまで時間がかかりそうだ。
しかも、まだ緊張の原因となっている物は渡せていないのである。ハーブティーを飲んで落ち着こうとするが、あまり効果はない。
視線を外したまま、『霧印』もテーブルに置く。
「……えーと、外で湯屋を利用する時に使ってください」
「印章ですか?」
書類にサインする代わりに家紋や手形を押印することはあるが、孤児であるシロイに家紋はない。
湯屋でサインをすることも無く、用途が思いつかないカリアは首を傾げた。
危険なものではなさそうだと判断して、それをテーブルに押印すると、霧が漂う。しかしそれは細長く、帯のようにたゆたう。
魔道具の効果なのだろう。手で扇いでも息を吹き付けても、霧は流れずに留まったままだ。
消えない霧に包まれながら手をテーブルの上で滑らせる。
押印した箇所もなぞったはずだが、何の変化もなく霧はテーブルの一部を隠していた。
「あの、これは何に使えば良いのでしょうか?」
残ったままの霧を見ながら、用途がわからずに首を傾げる。風呂に入っている時に霧を発生させる意味がわからない。
それを説明するシロイの赤い顔はカリアを向くことなく、口調も徐々に早くなっていく。
「発生させると、30分くらい霧が残ります。霧とはいっても幻覚みたいなもので、湿気があるわけではないので放っておいても問題なく、そのまま服を着てもらって大丈夫です」
「はぁ…………はあ? え、ああ、つまり」
それの意図する用途を考えついたのだろう。
困惑気味だったカリアの口元が、耐えられない喜びに溢れていく。
その笑みをちらりと目にしたシロイは目を再び顔を逸らして、憮然とした表情を取り繕う。
「……他人に裸を見られることがないように、それで隠してください」
それは、カリア以外という意味ではない。
自分以外に見せないで欲しいという独占欲。
その思いが嬉しくて、笑顔で飛びつきそうなカリアを横目に。
シロイは『霧印』で自分の赤い顔を隠したくて、視線を逸らし続けた。
シロイが本日営業中に作成した商品以外の品物。
店舗扉の新しい鍵とピッキング対策。
『霧印』改変バージョン。
カリアに渡す合鍵。