79.共同生活4
シロイ魔道具店にカリアが同居を始めました。
閉店作業を終えて、いつものように窓を守るために外から戸板で覆い、魔道具『暗怖』によって処理をすませる。
店の鍵は新しいものに変えた。つい先日、ピッキングで開けられたこともあり、同様の手口を用いた場合には弱めの【発雷】が発動するようにしてある。
今日の作業の一部がこの作成に充てられたのは、安全性を考えれば仕方のないことだろう。
その分、彼は作業に移れずに思案するだけだった内容へと意識を向けると、もはや他のことなど完全に意識から飛んでしまった。
再び店内カウンターを超えて、開発途中だった新商品へと目をやり、しかしそれらを片付ける。
新商品開発はこの時間帯のシロイの日常行動だが、昨日から一つの魔術陣に対しての興味が増していたせいだ。
空間魔術陣。
迷宮を構成する必須の要素である。
別の場所や空間が繋ぎ合わさる場所には、必ずそれがあると言っていい。
迷宮で探索を行なっていたシロイはそれを目にする機会もあり、運よく研究しても邪魔されない場所もあった。そこから得た知識は今も救出活動を続けている面々の役に立っている。それはシロイが個人的に研究していた成果だが、停滞していた研究でもあった。
しかし人命救助のために他の魔道具師たちに共有したことで、彼らの解釈に触れている。そこから構築されていく魔術陣の様子を見られたことは、彼に新たな着想をもたらした。
「複数の魔術陣が重なっていて、アレンジが加えられても同様に効果があるなら、省略してもいいんじゃないかな?」
魔術陣を構築する記号や文字列、またその配置。
それらを省略することが可能だと考えた。
効果時間、範囲、効果などをそれぞれ記号や描線に置き換えて構築するのが魔術陣である。
これは魔道具でも、魔術師の術でも同じことだ。
既に営業中の合間の作業の際に、いくつかの魔道具を作ることも兼ねて魔術陣の記号などを簡略化や省略を試している。
結果、作りなれたものほど簡略化も省略も容易だとわかった。
比例して消費する魔力量が跳ね上がっていたが。
これは魔術というものが本質的に施術者の認識に依存しているためであり、シロイはその答えに至っていた。
それは使い慣れた魔術陣ほど簡素化することが可能だということであり。
「…………魔術陣が無くても、魔術が使える可能性がある……?」
そう思って最も使い慣れた【灯り】の魔術を使おうとするが、魔術陣なしで結果を生もうとしても魔力だけが消費されていく。
成果が見えない結果にシロイに、やっぱり無理かな、という思いが過ぎる。
構成に過不足のある魔術陣は暴発することもあり、シロイもその危険性を認識している。
だが、その認識が邪魔をしているとシロイは考え至った。
「うーん。なんの迷いもなく確信できる人じゃないと無理かなぁ。魔力消費もかなり増えるし……もっと簡素な魔術から慣れて……それでも何年もかかるかも? あるいは身につけないと死ぬような危機的状況であれば、認識が外れるかもしれないけど……」
現実的ではないなぁ、と呟いてシロイは再び作業へと戻る。
彼が使う【的中】は魔術陣を使っていないため、その成果そのものだが気づかない。
彼の認識では【的中】が使われている認識が無いせいで、そこに違和感を持てないのだ。
ましてや彼は魔術師ではなく、魔道具師である。
魔術陣は魔力で描くよりも、木材などを加工して作成する方が認識しやすい。
「構造的な簡略化なら、できるよね」
必然的に、彼は自分の技量を振るうことに没頭していく。
【灯り】の簡略化実験のために魔術陣をどこまで省くのかを考えながら木材を削りはじめ、楽しそうに笑みを浮かべていた。
帰ってきても家に入れなかったカリアに気づくのは、しばらく後の話である。
まだまだシロイは人と一緒に生活する環境になじめていません。
そのため、うっかりすることもあります。