78.共同生活3
シロイ魔道具店にカリアが住み込みになりました。
迷宮の状況変化により冒険者の来客は減っていたが、それ以外の常連客にはそれほど大きな変化はない。
来客対応の合間に魔道具『霧印』の改変製作を終えて、他の魔道具の構想を練っていたシロイの耳に店外からの呼び声が聞こえた。
店のガラス窓越しに通りへと目を向けて見れば、カリアと共に頻繁に来店していた若い部下が手を振っている。いつも死んだような目をしていた青年だが、珍しく生き生きとした顔だ。
その後ろには同じ鎧姿の青年が二人、台車運びを手伝っていた。
いつの間にか昼過ぎになっていたらしい。
台車に乗せてあるのはカリアが運搬を頼んでいた衣服棚。いろいろと入用なものが入っているのだろう、サイズの違ういくつかの鞄もある。
店外へと出向いて会釈したシロイに向かい、生き生きした顔になった青年が笑顔を向ける。
「よー、若旦那。ついにヤったんだって?」
「…………えーと、全部中へ運んでください」
ニヤニヤとしか言い表せない笑顔。これまでの二人を見守り続けさせられていた彼にとっては、結果に至るまでに溜まった鬱憤が爆発した状態である。
そんな彼の心中を知るはずもないシロイは、あまり見慣れない部下二人へと運搬を促す。
何をどう答えれば良いのか全く思いつかなかったせいもあるが、単純にテンションの高さにひいていた。
完全に無視された形になるが、それでもニヤニヤ笑いの彼は高いテンションのままだ。
若干戸惑った表情になった二人を促し、流れ作業で荷物を運び入れる。
店舗奥の扉を抜けた先の、狭い廊下を挟んだ商品在庫置場だった部屋だ。
カリアの同居に伴い、無理矢理開けた部屋である。
彼女はシロイが使っている部屋の隣を望んだが、商品在庫置場のほうが広く換気も良いため、シロイはそちらの部屋を空けていた。
ちなみにシロイの隣の部屋は『トロイ魔道具工房』時代からの雑多な物置になっている。販売や使用に適さないような魔道具が詰め込まれており、先の地震によって壊れた棚もまだ直していない。
カリアに渡せずに溜まった『光る華』の大束もその中に埋もれているが、商品在庫をそちらに移したために整理し直すには時間がかかりそうだ。
そういえばカリアの髪に『光る華』を挿さずに店から送り出したのは初めてのことだったと、シロイは『光る華』の大束だけでも取り出しておこうかと思案する。
「ベッドはないけど、問題ないよな?」
言われて確かめると、運ばれた家具にはベッドはなかった。部屋自体もそこまで広くはないため、あったとしても確かにベッドは入らないだろう。
だが初めから運んでこなかったのはカリアが別の部屋で寝る気がないためだと思い至り、シロイの顔がわずかに火照る。
それを見抜いたのか、ニヤニヤ笑いが止まらない青年がシロイの肩に手を回し、囁いた。
「んで? やっぱりお嬢ってエロい?」
「っ!?」
瞬間的に過ぎるのは昨夜の艶姿。
耳が熱を帯びてくるように感じて、視線をそらし組まれた肩を押し退ける。
「な……んのことかなぁ。えーと、そう、運搬ありがとうございました。ボレスさんにもよろしくお伝えください」
誤魔化しにもなっていない応対を返し、押し出すようにして彼らを店から追い出すと、外から大声で青年が叫ぶのが聞こえた。
「よーし! 今日は祝杯だっ! お前らも奢ってやるから付き合えよ!」
会話したことなど全くないのに祝福してくれることが、シロイには嬉しくて照れくさい。
熱いままの耳に聞こえる笑い声に、シロイは憮然とした表情を保とうとしたが、やがてそれは笑顔になった。
今回ニヤニヤ笑いが止まらない部下は1~3話くらいでも出ている部下です。
彼がなんで死んだ目をしていたのか気になる方は、そのあたりをご覧ください。