70.救援活動5
久しぶりに営業を再開したら、同業者たちが製品を買い占めていきました。
そこに『ナトゥス』からの訪問があったようです。
来店した青年は『ナトゥス』の職員だと語り、要請内容が記載された書類をシロイに渡した。
店内に招き入れてそれを読むシロイを見下すように、青年は記載内容を暗唱する。職人であっても字が読めない者もいる。そのための暗唱だろう。
「迷宮浅層への侵入路が閉じるまで、およそ二十日と予測されています。それにより冒険者たちが犯罪行動に至る前に、他街への移動を促すための資産提供を要請します。シロイ魔道具店には携行用魔道具を供出願います。これは依頼ではないため褒賞はありません」
何も並んでいない棚が並ぶ店内をつまらなそうに見回している青年の言葉と、書かれている内容をシロイは再度確認する。
要約すると、「そのうち犯罪者になる冒険者を追い払って欲しければ無償で金になりそうな魔道具を作れ」という内容に差異はない。
しかし、シロイは説明をされず記載もされていないところに疑問を持った。
「迷宮内部に残された人たちの救出はしないんですか?」
「はい。我々は彼ら自身の問題には関与しません。必要なのは冒険者の犯罪抑制です。救出は冒険者の有志が対応しているようですが、諦めるのは時間の問題でしょう。別の空間を繋ぎ止める方法など無いのですから」
全く興味がないように語る青年に、シロイは言葉に詰まる。
「……それでも、出来るなら救出をしたいと思いませんか?」
「そうですか。ではシロイ魔道具店では要請には応じられないと。わかりました。次の店に向かいますので、これで失礼します」
青年の対応は実に事務的だ。
眉を寄せて考えているシロイに対して、つまらない物を見るように見下す態度は終始一貫していた。
引き止める間も無く彼は店を去っていく。他の魔道具店や工房に向かうのだろう。
あんな態度で協力が得られるのだろうかとシロイは疑問に思うが、思考を切り替える。
「別の空間を繋ぎ止める方法……無い筈がないのになぁ」
迷宮それ自体が別の空間が繋がっている場所だということは、冒険者なら誰もが知っていることだ。
シロイも繋がっている理屈は理解していないが、理屈を無視して結果を生むのが魔術である。それは魔術陣という形をとっているだけで、魔術も魔道具も違いは無い。
迷宮が別空間に繋がっている場所には、必ず空間を繋ぐための魔術陣があると彼は確信している。
迷宮で採取作業をしていた場所にあった、天井に開いた穴という根拠もある。
シロイは別の空間へと繋がるその穴を、邪魔が入らないのをいいことに調査して研究して、実際に空間魔術陣と呼べるものを確認している。
浅層や中層への境目にもあると思われるが、そこは他の冒険者たちの出入りも魔物の横行もあり、落ち着いて研究は出来なかった。
しかし、採取作業場の穴は魔物も出てこないし、人もほとんど来ない。唯一の問題は天井付近にあることだったが、そこに近づくために壁を歩ける魔術陣の構築までしている。膝上まであるブーツに魔術陣を埋め込んで、壁や天井を歩けるように。
そんな移動をしていたために『迷宮精霊』などという噂が生まれたわけだが。
その調査結果から、指定座標への転移魔術陣を研究したこともある。
それで実用的な魔道具が作れれば、直接採取場所に移動できると考えたからだが、研究は頓挫して試作品も今では分解されて物置の奥だ。
だがシロイが生活の余暇に研究するのとは違い、『ナトゥス』は他の街や他国にさえ拡がっている迷宮調査の最高峰とも言える組織だ。空間をつなげる迷宮の構造は最もよく理解しているはずだと考え、推測へと至った。
「もしかして、秘匿している……?」
しかし、何故秘匿する必要があるのかまでは思い至らない。
職人気質の彼にとって作品の模倣や流布に忌避は無く、秘匿する意味も持たないためだ。
商人的に生み出す利益の独占を考えないのは、経営者としては問題があるが。
それが、彼が大罪を背負うきっかけになると知るものは、今はまだいない。
『ナトゥス』は冒険者および犯罪者を消耗品として捉えているので、数が減っても助からなくても、基本的に気にしません。
そういうスタンスを取っているため、職員の中にはそういう態度がありありとでる者もいます。
大抵、そういう職員は利用者である冒険者たちから嫌われていますが、お互いに嫌いあっているので悪循環しています。