68.救援活動3
『ナトゥス』に状況確認にきたシロイですが、手荷物扱いされて預けられました。
さて、引き取り手のいない手荷物ってどうなるんでしょう? (そうじゃない)
カウンター内を経由して小部屋へと通されたシロイは、居心地の悪さを感じていた。
迷宮の崩落情報について確認をしに来た旨を伝えたところ、放り込まれるようにして押し込められた部屋である。
応接室などではなく、ただの空き部屋にしか見えない調度品も質素な部屋。とりあえず用意されただけのようなバランスの悪い丸椅子に座り、壁板の隙間から漏れ聞こえる怒号に先ほどの筋肉男を思いだす。
「もうすぐ大人っていわれる年なのに…………むぅぅ」
簡単に荷物扱いされた彼は、凹んだ声を漏らした。
外見より年齢が下がってしまうのは魔術を扱うものの特徴である。それでも男らしさの不足が明確にわかり、シロイは不満らしい。
「死にてぇのか、邪魔だ!!」
何かが叩きつけられるような音にシロイの身体が震え、部屋の扉が開く。
入ってきたのは先ほどの筋肉男とは別人であったが、返り血のついたままの姿に喉が引き攣った。
職員と名乗った彼に不機嫌さを隠すことなく睨みつけられ、シロイの視線が逃げ道を求めるが、出入り口は一つしかない。
「てめぇ、シロイ魔道具店の関係者か?」
「は、はい。店主と魔道具を作っています」
ただの問いかけが尋問のように感じ、慌てて答えたシロイの回答は若干おかしい。
迷宮の状況把握に来た旨は伝えて現れたのは説明係というよりも歴戦の勇士に見える。
騒動に乗じた不心得者を動けなくしたばかりの彼は、しかしシロイの疑問や恐怖など頓着せず手にした書類を見ながら説明を始めた。
「迷宮浅層との繋がりが断裂した。現状はまだ繋がっているが、往来可能な幅がない。取り残されているのは最低40名。断続的に蟲やらなんやらがあふれ出てくるせいで、まともに中層側にいる奴らと連携が取れていない」
手にしている書類は冒険者たちが現場を調査した結果だ。
そこには記された調査結果では、迷宮へと至るための洞窟部分でも大きく崩落があり、いくつもの道がつぶれていることが判明している。
浅層へ至る空間の繋がりはその大きさを減じ、かろうじて残ってはいるが子供でさえ通れそうにない。
浅層に棲む小型の魔物や蟲などがあふれるため、そちらでも崩落が発生しているのか未確認。
迷宮内部に取り残された冒険者の一部は非常事態を察知して帰還しようとしたが、そこに至り帰還手段が途絶えたことを把握した。
彼らをパニックが襲っており、しかし救出するための手段がない。
そうした事実を淡々と述べられて、シロイは迷宮としての機能が完全に崩壊していることと、人命がかかっていることを理解して、気を引き締めた。
この状況で迷宮にいくことよりも、他にできることがないかと思考を巡らせながら、話の続きに耳を傾ける。
「国家迷宮調査隊は国族ピトム様に迷宮崩落を報告済だと通達し、既に引き揚げている。
北街区長は連絡が取れん。逃げだした可能性もある。
巡視隊は治安維持のため他の街に増員を要請、避難希望者の移送準備を開始しているようだが、いつになるかわからん。現状はこんなところだな。
お前が魔道具師なら、街内の魔道具師全員に翌朝に要請が発布される。冒険者向けの携行用魔道具が大量に要請されることになる。なるだけ準備をしておけ」
根本的な問題の解決。
それは、迷宮浅層へと繋がる道の復旧である。
だが『ナトゥス』としては、迷宮内部に取り残された者たちの命は、最優先ではない。
冒険者は必要な資源だが、換えの効く資源だ。使い回しができるその命はとても軽く、救出することに意味を持っていない。生還を求めない相手のパニックなど、どうでもいいことである。
むしろ彼らにとっては、迷宮に入れない冒険者たちの制御の方が頭の痛む話だ。
生活手段を失って暴走する前に、処置を行う必要がある。そのための餌として持ち運びやすく換金しやすい魔道具という餌を求めている。
しかし、シロイにはそんな考えはない。
常連客を含む顧客であり、同じ街で孤児として生き残ってきた者もいる。彼自身も迷宮へと入るため、他人事ではないと捉えていた。
その命は軽いものではない。だから迷宮に残された者たちの救助を最優先に考えている。
シロイは自分の魔道具で生還率をどうやって高めるのか、それが自分に求められていることだと判断している。
お互いに対策を考えているが、敢えて何が目的なのかは確認する必要もないこと。
認識の違いが全く埋まらないまま、しかし誰もそれを指摘する者はいなかった。
立ち位置が違う相手にはちゃんと説明をしないと、食い違いが起こります。
まぁ、そもそも話をする気のない相手だと食い違いも何もないんですが。