66.救援活動1
前話、営業再開、で営業風景に至らなかったことは気づいてはいけません。
結果としてシロイは二番目の仮契約書にサインをすることで、カリアに解放された。
朝からの営業再開予定は狂ったものの、午後には営業を再開することが出来た。
この地域では滅多に起こらない地震という現象。
それが不安を煽ったのだろう。近隣の一般住民たちが日用消耗品を大量に買っていった。
休業前よりも魔道具の貸付数が大幅に伸びたが、それは他の魔道具工房の職人らしい面々による。
冒険者たちが来店しないままに日が落ち、営業時間が終了したのは開業当時以来、久しぶりのことだった。
そうなった理由として、営業中は店舗から出ることのないシロイの耳に、それでも客たちがこぼす噂話程度には情報が伝わっている。
地震の原因は迷宮で起きた大規模な崩落によるもので、冒険者たちが調査と対応に追われているらしいという話だ。
シロイは営業時間が終わり閉店の作業をしながら、眉を寄せて考え込んでいた。
彼の店では一般向けの消耗品も扱っているが、利益率が高いのは冒険者に貸し出す魔道具だ。
その冒険者の主要な稼ぎ場である迷宮の変化は、収入の変化に直結しかねない。
例えば迷宮で摘み取った野草は『光る足跡』にも利用している。
魔道具に限らず、製品に使用する素材の入手が難しくなる場合、販売も貸し出しも大きく影響がでるだろう。
場合によっては素材の変更に伴って魔術陣の構成を変える必要さえある。
更には、他の魔道具工房が商品を借りていったことで、類似品や改定品が今後乱立することは容易に想像できた。
これは彼にとって、大きな問題である。
決して今更になってカリアと同居することの危険性を理解して、思考を逃避させているだけではないのだ。
「やっぱり、当事者に聞いてみるのが確実だよね」
明日並べる商品の選別。それ以前に開店するべきかどうか。
冒険者がどのくらい来店するかという予測は大きな判断材料であり、場合によっては商品再開発を優先しなければならない。
その確認のため、彼は冒険者寄合所『ナトゥス』を訪れる準備をする。
シロイは作業着を脱ぎ捨て、革で補強された厚手の服を着て、その上に腰まであるローブに身体を通す。長手袋とブーツも忘れない。迷宮に入る際の、彼の基本装備だ。
今では全く足を運ばなくなったが、冒険者寄合所『ナトゥス』を訪れたことがある。
依頼を出すためでも受けるためでもなく、彼らの需要を調べるためだ。
しかし自分で迷宮に入らないと実感できないと判断し、現場で直接冒険者に話を聞いたり考察するようになって、訪れる理由もなくなった。
トロイが死んで、店舗運営に注力したのも大きな理由だ。
今となってみれば、顔を見る暇さえなく筋肉質な冒険者に摘み出されたことも良い思い出である。
「でもあの頃よりも成長したからね」
摘まれた手を払うことくらいはできるさ、とシロイは気合いと力を込めて手馴染んだ杖を持つ。
その腕の太さが当時と大差ないことに気づくことなく、自信ありげな笑みを浮かべる。
「どこのベテランだ? なんてビックリされるかもね」
頻繁に一人で迷宮に入り、客である冒険者を相手にしていたシロイは、変なところで自分を過大評価していた。
そして営業再開の場面が結局飛ばされている、ということにも気づいてはいけません。