63.営業再開3
店舗前で暴徒と巡視隊が乱闘しているので、一時避難中です。
シロイ魔道具店の連休中。ムライはそれを知らずに何度も店を訪問していたと語りだした。
根が真面目な彼は買物の口約束を果たすために足を運び、その度に周辺の見回りや近隣住民への挨拶も行っている。
隣家の女性からお茶の誘いを受けたのは、シロイ魔道具店について話を聞くためだった。
彼女がシロイの魔道具をもっていたことが大きな理由である。
その『掃粘剤』という魔道具をどうやって使っているのか。彼女から実際に使い方を教えてもらうことになり、ムライは罠に嵌った。
シロイ魔道具店で見た使い方とは異なる使用方法を実践されたのだと。
しかし、具体的な使い方は口にはしなかった。
かわりに、以来この家に通うことになったと重いため息が漏れる。
隣人宅に連れ込んだ理由をムライから大幅に省略されて説明され、シロイは混乱していた。
特に後半部分が非常に曖昧になっていく説明は、常連客が殴り飛ばされた歓声に重なり、どちらにも集中できず落ち着かない。
「あの、なんとか止めた方がいいですよね?」
「ある程度発散させたら、巡視隊が【水撒き】するから放っておいていい。それよりも問題の根本を解決する方が重要だ」
窓から見える景色では同僚が殴られているが、ムライは気にもとめずシロイをテーブルへと招いた。古びた書棚やテーブルには何も置かれておらず、生活感のない家だ。
そんな中で、奥に見えるキッチンからは音程のずれた鼻歌と、お湯の沸く音がする。先ほど引き攣った笑みであいさつを返した隣人は見えないが、お茶でも煎れているのだろう。
シロイがテーブルに着くと、ムライが向かいに座り書類を置いた。
「外の騒動はお前に後ろ盾がないことが原因だが…………国家認定魔道具師に師事するか、これを読んで考えてくれないか?」
置かれたのは金で縁取られた上質な紙。仮契約書類としては最上級の書類だ。
上部中央に描かれている円形に並んだ七本の杖の印章。
記載されている文章には雇用形態や、作成した魔道具の扱いなどの項目が並ぶ。
その下に記名をする場所と、血判を押す場所がある。
手に取って読むと、基本的に国街にある工房で魔道具作りに従事し、全ての魔道具を国族へと奉納する内容が簡潔に記載されていた。
国街へと誘致されるということは、この国では誉れであり生活が最上のものになるという保証だ。
国族の提供する物資は生活すべてを豊かにすると言われており、それが享受できる国街の住人となることは未だに国外から移民が絶えない理由でもある。
だが、シロイ魔道具店から離れる気がないシロイにとって、その契約内容は決して価値のあるものではない。
シロイはその杖の図案が国族の印章だとは知らない。
国家利益になり得る魔道具師を国街に優待していることも。
国家迷宮調査隊がシロイの名を国家認定魔道具師に伝えて、この仮契約書が用意されたことも。
その任務が上から順番に降りてきて、生真面目なムライが胃を抑えつつシロイを待っていたことも、全く知らないことだった。
シロイにわかるのは、その仮契約書を作った人物が信用できないことだけだ。
「お断りします」
魔力を流したことで浮かび上がった、文字列と装飾の中に隠された魔術陣を見抜き、シロイは静かに言葉を返した。
血判の箇所が欠けているために作動していない魔術陣。
それは【増幅】を加えた【発雷】に似ていた。
見抜けるかどうかを試験としているのかもしれない。しかし血判押したときに効果をもたらす作りの魔術陣の欠けさせ方には、悪意が満ちている。
それはこの仮契約書の製作者は、死の危険があることを平気で他人に試させるような人物だということだ。
ムライは仮契約書を見せただけで、血判を押すための刃物も出していない。
彼が理解して危険を避けたのかシロイには判断ができなかったが、安堵したようなため息が乱闘の喧騒に混じって聞こえた気がした。
契約って怖いですよねー。
(たぶん怖さの方向が間違ってる)