57.『投光器』の記憶13
『投光器』修復のお話の最後になります。
南街の東側。西街よりも狭く、高い塀で囲まれた区画を東街という。
その外縁部に雑多に並んでいる常緑樹に囲まれた場所で、グヌルは黙祷していた。
街全体から身寄りのない死者や、血縁が途絶えた家の死者はこの場所に集められ、一纏めに埋葬される。
街全体の共同墓地であるこの場所は狭く、北街にある安い個室湯屋の一室程度しかない。
魔道具師トロイがそこに埋葬されたのは、血縁が誰もいなかったためだ。
子供のいなかったトロイの孫を騙ったのがシロイだと知った時、グヌルは溢れた苛立ちが消えたのを思いだす。
孫ではないし血縁でもないシロイが、後を継ぐように同じ場所で魔道具屋を営んでいた。
それが家業を継いだように見えたのだろう。
継ぐどころか詐欺同然に残る三台の『投光器』を巻き上げ、『シャトレ』に自分を売り込んだ自身との違い。
それを今更になって後悔している自分が情け無く、その場に座り込む。
墓碑がわりに置かれた無骨な石を睨み、舌打ちを漏らした。
シロイは契約の最終日に、トロイが何故『投光器』を作ったのか語った。
五台のうち二台を納入した時点で契約が切られて、残りを完成させる意味が無くなった『投光器』が作られた理由。
それはグヌルが『投光器』を奪う契約だとわかっていながら、迷わずに引き受けた理由でもあった。
「トロイは、不器用なんだ」
不出来で魔道具師には向いていない弟子が、最後に持ってきた仕事。
自分がやると決めていたのだろう。決してシロイに手伝わせなかった。
『投光器』がどう扱われても、トロイにはどうでも良かったのだろう。
だから作者と名乗れなくなる契約でも、トロイは迷わなかった。
それがグヌルとの最後の仕事だったからだと、シロイは静かに語った。
グヌルは雑草だらけの墓を睨みながら、トロイの嘲るような笑みを思い出す。
トロイの遺作でもある『投光器』を南街の劇場に売り込んだのは、国族の目につく可能性を残すためだった。
今更になってそれが叶ってしまい、手放さなくてはならなくなった。
そして、『シャトレ』で使えるように複製を作ろうとしたグヌルは気づく。
自分にはそんな腕もないことに。
それでも、手放したくないと思っていることに。
「トロイ。あんたほどの腕なら、望めば国族お抱えの魔道具師になっただろうに。偏屈なくそったれジジイめ」
グヌルはトロイが評価されることを望んだ。
トロイには全く興味がないとわかっていたが、グヌルには彼の望みがわからなかったし、不出来な弟子だと自覚していた。
時折、静かな目で見つめていた顔を思い出す。
『投光器』修復の最終日、支配人室を訪れたシロイは静かに語った。
懐かしむような、寂しがっているような声。
まるで不貞腐れた顔を背けているトロイが、グヌルの側にいるように語った。
「……『投光器』はトロイの渾身の作品だよ。
それなのに、照らす相手がいないと自動的に消えてしまう。
そんな制限をつけず、照らすか消すか切り替える方が簡単なのに、誰かの手を借りないと照らし続けられない作りに、わざとしてあるんだ。
トロイは、頑固で不器用だから。
ごめんとか、ありがとうなんて絶対に口に出さないし。
大事なことなんて、絶対に直接言葉にできない。
口では言えないから、そんな風に作ったんだ。
行先を照らすために好きに使え、って。
でも一人で生きるなよ、って。
多分、巣立った弟子への餞別のつもりで」
そう言って、シロイは不貞腐れたように、呆れたように笑った。
「頑固で偏屈で、必要なことを言葉にしない。トロイの弟子だっただけあって、変なところが似てるよ。…………兄弟子は」
そう言い残して、去って行った。
『投光器』が再稼働する様子を見ようともせず、振り返りもしなかった。
それは、グヌルが今のように座りこんで涙していたためかもしれない。
師匠の繁栄を願って奔走した弟子。
弟子の発展を祈って没頭した師匠。
自分たちがそんな師弟関係だったと、『投光器』を通じてもう一人の弟子が教えてくれた。
「師匠……」
謝罪なのか、感謝なのか。
それ以上の言葉は、涙に流されて出てこなかった。
『投光器』修復のお話はこれでおしまい。
さて、シロイは自分の店に戻って、いつものように営業を再開…………?
あ、そういえば『資金屋』の家族が、シロイが不在のうちに『シロイ魔道具店』を焼き払う計画を立てていたような気がしますね。
シロイ魔道具店が無事だといいですねー。(棒)