56.『投光器』の記憶12
どうやら『投光器』修復のための期限がきたようです。
シロイはちゃんと直せたのでしょうか?
契約最終日。
大道具保管庫で、悲しげな声が漏れた。
今回の魔道具師も修復ができなかったのだと、諦めを込めたスタッフの嘆きだ。
十日前から住み込みで『投光器』の修復作業にあたっていた、幼い魔道具師。
彼は二日目には【灯り】を再現させ、五日目にはその構造を復元させた。
それはこれまでに訪れた魔道具師が誰一人出来なかったことだ。
彼は今までの魔道具師とは人柄も大きく違っていた。
人に命令することに慣れていないのか、ほとんど指図することがなかった。指図するときには頭を下げて頼んでくる。その姿はスタッフたちに好感を持たせた。
しかし、彼は形状を復元した後も、修復作業を続けた。魔道具師にしかわからないような、細やかな差を修正していたのかもしれない。
だが最終日の朝に食事を差し入れたスタッフが見たのは、起動後にほんのわずかな時間だけ壁を照らした灯りが勝手に弱く細くなり、消える様子だった。
それを最後に、彼は『投光器』に触れなかった。
残った資材を片付け、持ち込んだらしい道具をしまった。
それからしばらく、ぼんやりと『投光器』を眺めていた。少し涙ぐんで見えたのが、修復できなかった悔しさのせいなのか、スタッフにはわからなかった。
その魔道具師が笑顔だったせいだ。
様子を見ていたスタッフに気づくことなく、彼は紙の束をまとめて、荷物を持って出てきた。
扉の前で立ち尽くすスタッフに、
「お世話になりました」
と一言残して、彼は支配人室へと去っていく。
部屋の中の作業台の上には、舞台上に設置されているものと遜色ない『投光器』が置かれたまま。
ここまで同じように復元したのに直っていないのなら、修復は不可能なのではないかとスタッフが悲しんでも、彼は戻ってこない。
他のスタッフにも魔道具師が去ったことを伝えて、新たな職探しをしなければと落ち込んでいると、支配人が降りてきた。
「サボってないでさっさと『投光器』を設置しろ!」
怒鳴り声に首をすくめて、言われたとおりに『投光器』を運ぶ準備に取り掛かる。
その怒鳴り声が震えていたように思ったスタッフがグヌルを見ると、赤い目で睨まれた。
まるで泣いた後のような目だった。
午前の演目が終わり、昼休みの時間のうちに『投光器』を舞台の上にある足場へと運搬する。
舞台裏では役者たちが衣装を脱ぎ捨てて弁当を食っていたが、スタッフたちは舞台上の演目に合わせた書き割りの設置などで忙しい。
それと並行して『投光器』を元の位置に戻すと、試運転をするというグヌルの言葉が響いた。
スタッフが走り回っている舞台に、役者が立たされる。時間がないため弁当を食べながらだ。
その姿が『投光器』の光で照らされたのを見たスタッフが、動きを止めた。
強く、弱く。細く、太く。色味を変えて、点けたり消したり。
それは壊れる前と同じように役者を照らし、役者から逸れた灯りは自動的に緩やかに細く弱くなり、消えた。
『投光器』は完全に修復されていた。
「午後は三台の『投光器』を使え! ボサっとしとらんでさっさと準備せんかぁっ!」
喜びを分かち合う暇もなく、支配人グヌルの怒声が舞台を揺らし、スタッフと役者を震わせる。
皮肉気に笑いながら、短い手を振って大声で指示を出す姿は、『投光器』とともにこの劇場で働き始めた頃の彼を思い出させた。
その笑顔が彼の師匠とも似ていることなど、劇場にいる者には知る由もない。
ちゃんと修復された『投光器』は、今後も舞台上で活躍します。
残念ながら、その様子を見る機会はたぶんないと思いますが。(たぶん『シャトレ』の話はもう出てこないんじゃないかなぁ、と思っている)
『投光器』修復のお話は、次回で終わりです。
シロイの話はまだまだ続きます(まだ『大罪人』になってないし)