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55.『投光器』の記憶11

グヌルの回想が終わったので、修復作業をしているはずのシロイの様子を見てみましょう。


 


 演目が終わり、客のいなくなった観覧席でグヌルは舌打ちを漏らした。

 彼の体でもゆったりと座れる広めの観覧席は、上客用の個別ルームだ。舞台を見下ろすように高い位置に設営してある。


 シロイに『投光器』使用時の失敗について問われて、グヌルが思い出したのは北街襲撃までの記憶だ。

 だがグヌルはそれについて多くは語らず、用途以外に使って壊れたとしか答えていない。

 今更、多くの死者を出した一因である事実など語る必要もなく、彼にとっても苦い思い出でしかない。


『投光器』が灰になるのを見た時に感じた、言いようのない悔しさが未だに言葉にできないせいもあった。

 トロイに不利な契約を押し付け、『投光器』の製作者としての名を奪った後ろめたさ。

 それが当時の自分の不甲斐なさと合わさり、振り返ることを拒んでいるせいだとは、自覚していない。


 何が悔しくて泣いたのかわからずに、ただ苦い気分になり漏れた舌打ち。

 それがシロイの仕事に差し障らないかと、グヌルは目を向けた。

 しかしシロイは、グヌルの存在を忘れるほどに集中しているようで、個別ルームから身を乗り出すようにしてスタッフへと指示を出している。



「実際に使っている様子が見たい」



 修復作業を行なって初めてシロイが要望したのは、そんな言葉だ。

 舞台裏から足場へと案内したが、そうではなく光を浴びている姿が客席からどう見えるのかを確認したいと語った。

 当然のことではあるが、舞台装置である『投光器』は観客席からは見えない。

 それなのに舞台全体を見渡せる場所を望んだシロイの考えがグヌルにはわからなかった。

 考えていることを口にせず目もくれずに没頭する姿が、かつて師匠だったトロイに重なり彼は目をそらした。


 シロイは舞台に設置されている二台の『投光器』が照らす光から、目をそらさない。

 客がいる時のように稼働させているスタッフが、役者がわりに舞台に立つスタッフを照らしている。

 その光を弱めたり、強めたり、右に左にとシロイの言葉に合わせて変化している。

 最初はグヌルが指示していたが、いちいち仲介するのが面倒になり直接指示を出させていた。



「役者さん、灯りから外れてください」



 点けたり消したり、光に人を入れたり外したり。

 そうやって挙動を確認するためにかけられるシロイの声に、グヌルはふと懐かしさを感じた。



 シロイが『トロイ魔道具工房』に転がり込むより前。『投光器』の試運転に付き合わされたことが、二回だけあった。

 その時にも同じように挙動を確認したトロイの声。

 上手く出来たと笑いながら叩かれた肩へと、グヌルは無意識に手をやっていた。

 その数少ないトロイと笑いあった記憶は、しかし上塗りされた苛立ちの感情によって薄れている。

 笑顔だったはずのトロイが思いだせず、苛立ちに任せて肩を掃う。


 そんな風にグヌルが昔を懐かしんでいた間に確認作業が終わったらしい。

 協力してくれたスタッフに礼を述べたシロイが振り返る。



「『投光器』の作成意図がわかった。元の状態に修復はできそうだから、するけど……」



 頬を膨らませて視線を外しながら、不貞腐れた顔をしたシロイが漏らす。

 実際に稼働している様子から読み取れた、トロイの作成意図が不満なのだろう。

 しかしシロイには説明する気がないらしく、グヌルの顔を見ようとはしない。




「……いらんところばっかり似てやがる」



 グヌルはその態度に苛立ちを感じ、シロイを睨みつける。

 しかし同時に懐かしさを覚えて、頻繁に殴られた頭頂部に手を当てて苦笑を漏らした。



「なんだ、何か足りんのか。『分光天井』を見ればわかるのなら、そうだな……南街の高級娼館『クリャレ』の中でも見に行くか?」


「しょっ!?」



 真っ赤になって狼狽える姿には、トロイの影はない。

 それを寂しく感じていることに気づき、グヌルは自嘲する。

 末期さえ看取りに行かなかったのに、今更何を懐かしむ権利があるのかと、鼻で笑った。



「あの、頼んでおいて申し訳ないんですけど、その、娼館はですね、えーと」



 しどろもどろに断ろうとしているシロイは、そんなグヌルの様子に気づいていなかった。







さて、修復できそう、というシロイですがちょっと不満な様子。

トロイがどういう意図で『投光器』を作っていたのか、というのが気に入らないようです。


ちなみに素材や構造や魔術陣が十全に把握できていて必要な技能を持って入れば、作成意図が分からなくても修復は可能ですが、機能などが若干劣化します。(模造品として扱われることもある)

魔術陣を構築する際の魔力使用時に、作成意図がこめられていないと劣化しやすくなるようです。

大抵の魔道具師は自分の技術と才能に自信があるため、より優れたものを作ろうとします。(アレンジ品や類似品、別の品になってしまう)


このため同一の状態に戻す場合は、魔道具の修復作業は通常、作成した当人や工房が請け負います。

『投光器』の場合は三台のうち一台が壊れたので、他の二台と同一の状態にする必要がありますが、これまでの作業対応者はそれができていません。


なお、模造品を作る場合は同一素材が必須なので利益がだせずに潰れることが多いです。



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