54.『投光器』の記憶10
シロイが修復作業をしている間、サブタイトルっぽいところを覗くための回想的なお話。
『迷宮』と『投光器』に、なにか関係があるのでしょうか。
魔道具というのは基本的に『専用品』である。
決められた用途以外には使えないものがほとんどだ。特に設備型魔道具はその傾向が強く、大抵の物は他の使い道が思いつかない。
しかし、追い詰められている人間は時に突飛なことを考える。
『迷宮』から這い出たのは、白い外殻で覆った節足動物のような魔物。人の倍以上の体長があるムカデに似た胴体。その先端にある球状の頭は人の口のように裂けて獲物に喰らいつき、同じように笑った。
穴の周辺から動物などを襲い街道へと迷い出たそれは、その道なりに侵攻する。
住民が笑い声に気づいた時には、既に北街へと侵入した後だった。
侵入したのは僅か五匹だけだったが、北側の家屋や資材置場が倒壊し、死骸から流れた毒液は周辺を汚染。
対応にあたった巡視隊のうち七名。逃げ遅れた住民十八名が命を落とした。
魔物の襲撃は北街に衝撃を与えた。
原因調査に至るまでの自衛方法は乏しく、街区長会議では北街の放棄も案として上がったが、北街区長が拒絶。
北街の住民たちから有志を募って防衛のための外壁の作成を依頼し、昼夜問わずの作業が開始された。
その際に問題になったのが、夜間作業だ。
最初の襲撃も夜間だったこともあり、再襲撃が懸念されたが、夜間は森側の様子がわからない。
【灯り】を灯したり、篝火を焚いたりして対処を行なっているとはいえ、不安は消えない。
そんな時、建設中だった北街演劇場の場長が提案したのが、劇場の舞台照明で森を照らすという案だった。
その照明装置が『投光器』だった。
当時、順次納入中だった『投光器』は五台納品の契約途中で、二週間前に二台目が納品されたところだった。
試用も充分ではないために実用に疑問の声もあったが、森へと至る街道を照らすには充分な光量が放てると判断された。
それに対して北街区長館にまで押しかけて異議を訴えたのは、作成者トロイの弟子だった。
「そんな用途には作られていない。正しく使わなくては、どんな宝も持ち腐れだ」
そう述べた男は『投光器』の移動を認めなかったが、既に納品されたものの扱いは所有者に委ねられる。
北街区長と北街演劇場の場長の権限で強制的に契約は破棄され、その弟子に違約金を押し付けて追い払った。
そうして街の北にある作業場に足場が組まれて、その照明装置が設置された。
しかし五分と持たずに停止してしまうため何度も再稼働をさせる必要があり、常に操作する者がその傍に置かれることになった。
対象となる役者がいなかったためなのか、屋外で使用したためかはわからない。
それでも、途切れ途切れに作業場と森を照らした。
ある種の虫は光に集まる習性を持つ。
その魔物たちに同様の習性があるのか調べないままに使用した結果は、惨劇だった。
設置された二台の照明装置まで近づいてしまうと、その光は直接魔物には当たらない。
思い思いに光を探し、その多くが北街に灯る明かりへと方向を変えた。
最も明かりを放っていたのは、北街の西寄りに建っている北街区長館。
そして、その先で建設中だった北街演劇場だった。
その結果、北街から西街へと向かう地域の二割が大量に押し寄せた虫によって圧壊。
住民たちも二桁以上が死ぬという大惨事となった。
更にその魔物たちによって毒液がまき散らされ、それを退治する中で周辺が焼かれてしまい、街の北西部は壊滅的な被害を受けてしまう。
その一因になったのは、間違いなく『投光器』だった。
それを知っている弟子は、しかし決してそれを口にはしなかった。
北街演劇場の照明装置作成という仕事を取ってきたのが、他ならぬ自分だったせいもあるだろう。
街の北にある作業場が燃えて、足場の上に置かれた『投光器』が燃えていくのを、彼は何もできずに見つめつづけ。
作業場とともに崩れ落ちて見えなくなるまで、睨みつけるようにして泣いていた。
この日から、北街は『迷宮』に対抗することを優先した街へと変わっていく。
そろそろシロイの修復作業も一区切りついたころでしょうか。
昔話はこのくらいにして、次回は今の様子にもどってみましょう。