52.『投光器』の記憶8
シロイが修復作業をしている間、サブタイトルっぽいところを覗くため、しばらく回想的なお話になります。
さて、シロイとトロイはどうやって出会ったのでしょう。
南街の西側にある、川の中洲に繋がっている区画。南街の一割にも満たない狭い区画だが、住民たちはそこを西街と呼んでいる。
個人の邸宅や商店もない街所有の区画に出入りするのは、大多数が配給目当ての孤児たち。
街職員が集めた廃棄食品の無償提供は食い詰め者も引き寄せるが、職員が優先するのは子供たちだ。
それに不満を訴える彼らが問題を起こすことも多く、特に孤児たちへの暴行は頻繁に行われていた。
西街役場をトロイが訪れたのは、以前に納品した魔道具の調整のためだった。
設備型魔道具『万潰汁』は投入した食材を徹底的にすり潰し、設置した鍋に流し入れて煮込む炊き出し専用魔道具だ。生後半年くらいの子豚までなら骨ごと投入できる。
孤児の生存率向上を求められて作った魔道具だ。
彼は不定期に使用状況の確認と称して袋いっぱいの食料を担いで持ってくる。それはグヌルとの喧嘩の後が多く、舞台照明の依頼を受けてからは頻度が高くなっていた。
そのため最近では孤児がいつもより多く集まっており、職員たちでさえ見慣れない顔も増えている。
食い詰め者が現れる頻度も増えていたため、職員にとっては負担も多くなっていたが、孤児たちの命には変えられない。
だが、炊き出しを待つ孤児たちが集まるその空き地で、喧騒が起きていた。
『資金屋』のように、後ろ盾もない相手に仲介斡旋や融資を行うところは異例中の異例だ。
そこですら、指示に従うことなどの最低限の基準がある。
それすらできず悔い改めもせずに、落ちぶれた末路が暴れていた。
職員と同程度の働き盛りの青年である。手に持った角材を振り回しながら酔いに任せて怒鳴り散らす姿に、孤児たちのほとんどが怯えて遠巻きにしていた。
タダで飯が貰えると勘違いした輩はたまに訪れるが、宥めようした職員を殴り倒す者は珍しい。
倒れた職員をかばうようにして怒鳴り返していたのは、一人の孤児だった。
「飲んで暴れるバカだから雇われないんだろ!」
何故仕事が無いのかと嘆いて暴れる青年に、その言葉は刺さった。
角材を手放し、懐に手を入れたのはおそらく刃物を出すつもりだったのだろう。
その顔面が仰け反り、二歩三歩とよろめいた。顔面へと直撃した石が跳ね上がって地面へと落ちる。
痛みよりも歯向かわれたことに逆上した青年は、鼻血を流しながら言葉にならない叫びをあげた。
しかし口の中を再び飛来した石が打ちのめし、よろめいた隙に殴り倒された。
青年が仰向けに倒れて動かなくなったことを確認すると、殴った孤児が振り向いて笑顔を見せる。
「助かった。ありがとな、シロイ」
その先では、彼よりも幼い孤児がいつでも石を投げられるように備えていた。
魔力で【的中】の魔術陣を発動させ、命中精度を上げるという行為。
それは攻撃に魔術陣を用いるのならありふれたことだ。
だが魔術陣を構築せず、魔力だけでその効果をもたらすのは、生半可な修練でできることではない。
だというのに、それを短時間で正確に三度繰り返した子供。
孤児として必死に生きてきたことで発露した才能だろう。
「……おもしれぇ。あいつ貰っていいか?」
職員の肩を掴んだトロイの笑顔は、まるで宝物を見つけた子供のようだった。
トロイは孤児だったシロイを職員からもらいました。
『万潰汁』のメンテナンスと称した炊き出しのお礼です。
このため正式に引き取ったと言えるのですが、それを説明する気はまったくないため前回のような結果になっています。