51.『投光器』の記憶7
シロイが修復作業をしている間、サブタイトルっぽいところを覗くため、しばらく回想的なお話になります。
どうやらグヌルはトロイの弟子だったようです。
仕事が楽しめない。辛い。
そんなことを感じながら、グヌルは今日も『トロイ魔道具工房』へと向かっていた。
ピトムの奉納騒ぎが起こる前にグヌルが取って来た依頼。
北街に構築途中の演劇場で使う舞台照明の作成依頼だが、最近のトロイはそればかりに注力している。
国族への奉納品を作る様子は全くない。
グヌルは南街にある劇場を訪れたことがあり、そこで使われていた舞台照明をくだらないと感じていた。
大きな建物には大抵使われている、燭台がわりの灯台。南街にある劇場の舞台照明は、それをいくつも並べて舞台全体を照らす作りだ。
他の魔道具工房でも作れる舞台照明作りなど、グヌルにはくだらない仕事だとしか思えない。
それでも仕事がない状態よりはマシだろうと無理矢理受けた仕事に、今更やる気を出されても全く納得がいかなかった。
トロイの仕事を行う基準が理解出来ず、諍いは絶えたことがない。
しかし昨日、「テメェは職人なんぞやれねぇ」とまで言われて、流石にグヌルも凹んでいる。
それでもめげることなく、今日こそは奉納品を作らせようと意気込んで『トロイ魔道具工房』の扉をくぐったグヌルは、予想外の光景に目を疑った。
彼が普段座って修行をさせられている場所に、子供が座っていた。ツギハギさえ不十分な薄汚れた服をまとい、髪を伸びるままに放置した悪臭漂う子供だ。
その細い手に握った木材を、テーブルの上に置く。何の意味があるのか、木材はいくつかの山に小分けされていた。
「なんだ、このガキ? おいトロイ、あんたどこから連れて来た?」
「んぁ? 西街の役場裏に群がってるガキの一匹だ。面白いんで拾ってきた」
「馬鹿かアンタは!?」
西街の役場裏。そこは街全体にいる孤児たちが流れ着く先だ。
望まれずに生まれて捨てられた子供。移民が国街を目指す途中で邪魔になり置き去った子供。
それら縁もあてもない者を国族への献上品とするための集荷場所で、定期的に配給が行われている。
非合法な人買いとは違い、国族主導による人集めである。
一定期間毎に国街の要請に合わせて、新規開拓や街道の整備などの人員として『出荷』された彼らは、国の資産の一部だ。
逆に言えば出荷されるまではただの孤児でもある。通常ならば目減りしても問題なく、彼ら自身も出入りを規制されてはいない。
しかし、いまこの街は国族ピトムへの奉納が競われる状況。口さがない者に国の資産を盗んだと密告されれば、私刑や極刑に処されかねない。
「俺が……なんのために苦労していると……」
「テメェの勝手を俺に擦りつけんな。テメェの好きに出て行きやがれ」
嘲笑うように投げられた言葉。
それがグヌルの限度を超えさせたのだろう。
振るわれた拳はトロイを打ち、ぶつかったテーブルに積まれた木材の山が崩れ落ちた。
トロイを言葉もなく睨みつけ、去っていく姿。
最初に見た兄弟子グヌルのその姿を、シロイは今でも覚えている。
その光景を思い出す度に、トロイの楽しげな笑い声が聞こえる気がした。
シロイから見たグヌルは、トロイを怒鳴りつけて殴り去っていった姿。
グヌルから見たシロイは、自分がいた場所に転がり込んだ厄介な孤児。
そんな第一印象です。