50.『投光器』の記憶6
さて、いまのサブタイトルは『投光器』の記憶ですが、あまりそれっぽいところが無かったようなきがしてきました。
シロイが修復作業をしている間、それがどんなものか覗いてみましょう。
「手と魔力と頭を使え。口はいらねぇ」
落とされた拳骨は『トロイ魔道具工房』に鈍い音を響かせ、小さな呻き声が続く。
設置型魔道具作りには大量の魔力が必要になる。
業者によっては複数人でチームを組んで作成しているが、ここには二人しかいない。
老骨に不遜な笑みを貼り付けた、白髪白髭の男トロイ。屋主でもある彼は今日も弟子に檄を飛ばしていた。
七年前に始まった北街開発。その奨励として国族ピトム名義で街に援助された金は莫大だ。
彼への奉納品はその返礼を兼ねて公募されることになり、街全域に発布されてから一カ月。食事や織物。鎧や剣。演劇や詩歌。日々様々な街人たちが、奉納を行なっている。
それは魔道具師と工房も例外ではない。
もしそこで評価されれば、この街での成功が確約されることに等しい。それだけでなく国街へと誘致される可能性さえある。
公募されている要項に沿って、他の魔道具師は既に奉納をはじめている。
他の奉納品と合わせて南街では役場の一部で展示会も開かれた。
作成する魔道具を具体的にどんな物にするのか。実際にそれを作るために、どのくらいの時間や資材、金額が必要か。
この一ヶ月、国族ピトムの性格や嗜好を調べつつ奉納品の考案に腐心していた弟子は、不満に満ちた目でトロイを睨む。
自分には無理でもトロイならば作成可能であることに確信を持っている。この一カ月、いくつもの案を提示した。
だが、トロイは国族にも国街にも、評価されることにすら興味を持たず、「くだらねぇ」の一言で終わらせた。
苛立ちを抑えきれない弟子はそれを思い出し、手にした材木に込める魔力が乱れる。
再び拳骨が響いた。
「……くそっ」
「あぁ? まだ足りねぇか?」
トロイは国族ピトムをも鼻で笑い、そんなことより修行をちゃんとやれと拳を振るった。
理由を明確にされず、ただ否定されて命令されることを納得するのは難しい。
そんな師匠の態度に、怒鳴られ殴られるたびに怒りが募る。
見習い未満。出入りの居候。そんな扱いと呼ばれ方をされている彼は、テーブルに積まれた木材の一つを手に取り魔力を流す。
だがそもそも彼は魔力の練りに不慣れで、この作業が一定量の魔力を流す修練である事を理解していない。
これは説明していないトロイにも問題はあるが、苛立ちから対話を避けている彼も同様だ。
舌打ちを堪えて、手にした木材をトロイへと投げつけたくなる気持ちをねじ伏せる。
木材全体へと魔力を流し終えた彼は、その短い腕を伸ばして次の木材を手に取った。
「もういい。無駄なことやってねぇで、今日は帰れ」
「……失礼します」
トロイの「帰れ」が出ると、もうだめだ。
何一つ作業はさせず、しまいには蹴り出される。
何がそんなに気に入らないのかと尋ねたこともあったが、答えはなかった。
冷めた目で見送られ『トロイ魔道具工房』を後にすると、彼は未だ手にしたままの木材を握りしめて。
「……くそっ!」
悪態とともに、叩きつけた。
魔道具師トロイの弟子、グヌル。
北街開発当時、そんな日々を彼は送っていた。
トロイはシロイの魔道具の師匠です。
どうやらグヌルもかつてはトロイの弟子だったようです。
さて、トロイとグヌル、シロイの関係はどんなものなのでしょう?
しばらく回想的なお話になります。