49.『投光器』の記憶5
『投光器』の修復作業中ですが、ちょっと一息いれるようです。
三日目の昼になり、仮眠を終えたシロイは演劇場『シャトレ』の外にいた。
【灯り】と【収束】、【増幅】の魔術陣の配置はほとんど予測がついており、それらを構築していた配置もあたりがついた。
あとは数回の試し組みと試用で、おおよその作業が終わる。だからこそ一度休憩を挟んだのだが、スタッフたちからは残念そうな顔をされた。
進捗状況を説明していないために修理を諦めたと思われているのだが、彼はそれをわかっていない。
川を超えて少し西側へと歩いて、北街にある個室湯屋に入る。
『シャトレ』のスタッフに勧められた店で、番台を過ぎると個室が並んでいる風呂屋だ。冒険者や日雇い労働者がよく使う店だけあり、代金は安いが使用可能時間も短い。
その分、店員には愛想がないし、あちこち薄汚れているし、個室とはいえ隙間も多い。
【製湯】の魔術陣でお湯を出して済ませようにも、今の彼は魔力が尽きている。
三日に渡り細かく間を置いたため成長阻害だけで済んでいたが、魔力の使用は度を超えると生命活動さえ阻害してしまう。
修復作業に夢中になりすぎて、倒れそうになって魔力回復飴を頬張ることになったのは秘密である。
それに、この個室湯屋に来たのには別の目的もあった。
引っ掛けるだけの鍵付きの脱衣所。その奥扉を開けるとカビ臭い部屋の中に、腰ほどまである湯貯めが置かれている。
壁にある戸板をスライドさせると、少し熱めのお湯が溢れ出て来る仕組みだ。体を洗うのも流すのも湯貯めの中で行い、下にある穴に流していく。
浸かりたい場合は備え付けの蓋で穴を塞げばいい。
少し滑りが残る浴槽の中で身体についた木屑や埃を洗い流す。お湯とともに疲れが取れていくようで、シロイの口から長い吐息が漏れた。
軽く浴槽の中をお湯で流し、穴を塞いでお湯が溜まっていくのを見て、シロイは水面に反射する灯りを辿った。
天井を一つの魔道具として作り、人のいる部屋に灯りを分光する設備型魔道具。『分光天井』というサネル魔道具工房の作品だ。
この街全域に何箇所か設置されているが、こうした個室が複数並ぶような場所にしか納品されておらず、他の納品場所に入る機会がなかったためにシロイは初めて目にした。
『投光器』の管理をしていた魔道具師筆頭のサネルが、『シャトレ』に来る前に作った作品だとスタッフから聞いて興味が湧いたのだ。
天井に見える灯りと魔力が描く魔術陣の端を眺めていたが、隣に人が入ったのだろう。その灯りが弱いものへと変わる。
「チッ。ガキかよ」
どこかの隙間から覗いたのだろう、隣から舌打ちと文句が聞こえた。
そちらから鼻歌が流れ始めた頃には灯りも戻ったが、少しだけ弱くなっていたのは分光先が増えたためか。
それを見たシロイは、違和感を覚えて首を傾げた。
「……何でトロイは操作式にしたんだろう?」
『分光天井』が自動的に稼働しているように見えて、何故『投光器』が自動的ではないのか、と考える。
役者を【灯り】で照らして明暗や絞りの差を出すなら、他にも方法はあるだろう。
例えば対になる反応版を用いて距離や傾きで変化させる。
あるいは一度操作したことを、稼働後に再現させる。
トロイならばそれを作れたはずだと考え、演目を演じるたびに誰かが操作をしないといけないのは意図的なものに思えた。
出来るのにやらなかった理由があるのだと考えて、もう一度『投光器』を調べなおそうと決める。
『投光器』の使用状況を見るのも参考になるだろうし、『分光天井』の全体図を見せてもらえる先があれば比較できるかもしれない。
そうして考えに没頭しようとしたシロイの眉が、徐々に寄っていく。
「……うるさい」
歌声に変わった鼻歌に思考が邪魔される。
まずはグヌルに話を聞いてみようと思い、貯めたお湯を流すと、歌声が止んで「うるせぇぞボケ!」と壁を叩かれた。
理不尽に頬を膨らませたシロイが出てくるのは、すぐ後だった。
「お風呂に入って鼻歌を歌っていた人物から罵声を浴びせられる。お風呂回としては間違っていない」などと主張しており……。