46.『投光器』の記憶2
魔道具『投光器』の修理のために演劇場『シャトレ』で住み込み仕事を開始しました。
しかし、思った以上にひどい状況のようです。
本来の『投光器』は一部を輪切りに落とした球形だ。
その外側にはいくつかの棒が飛び出し、それを操作して投光口から放たれる光を調整する。
その組み合わせで光の太さや明るさだけでなく、色味も変えられる。
トロイが作成した設置型魔道具の中でも傑作と言える逸品だ。
それが今や、廃材と化している。
正しい手段ではなく、力任せに分解した箇所もあるのだろう。明らかに折れ裂けた断面も見える。
並べられたリング状の木材は、『投光器』の物と複製のために用意したものが入り混じって立て掛けられている。
補強や腐食予防の外殻部分だけではなく、魔術陣を構築するための内部までも切り抜かれたその姿は、割れ落ちた卵の殻のようだった。
本来そこを埋めていたはずの木材は、複製用の木材に混ざっているのだろう。
しかし無造作に床に散らばった木材は、焼べられるのを待つ薪にしか見えない。
「……トロイなら、泣く暇があったら直すだろうな。シロイ、お前が直せ。それが無理なら、設計図を書いて複製しろ。出来ないとは言わせん」
部屋にある道具は好きに使えと言い残し、グヌルはシロイを残して去っていった。
これまでに訪れた魔道具師の名残か、交換部品のような模倣品が棚に積まれている。その下に丸めて箱に刺してあるのは描きかけた魔術陣の走り書きらしい。
「ガキはすぐ泣きやがる」
気づかずに流れた涙を、怒りによるものか悲しみによるものかさえわからず拭う。
懐かしい声を思い出しても、耳に響くことはない。
シロイは荷引車を壁際に置いて、床に転がる雑然とした残骸の群れを全て壁際へと押しやっていく。
涙の代わりに身体中から汗を流し始めて、ようやく残骸の群れを退けることができたシロイは、軽く上がった息を整えながらも休むことなく動いていく。
荷引車から色分けされた大量の紐を取り出すと、『投光器』の外殻部分を切り落とした輪のような木材に手を添える。
その手から流れ出た魔力が、滲むように木材へと伝わるのを観察して紐を結ぶ。
魔力の浸透速度や拡散速度は、流した魔力量で差異が出る。だが同量の魔力であれば、それは材質による差異として表れる。
シロイが最初に始めたことは、部屋にある残骸の中から部品を選り分けることだ。
一つ一つ同量の魔力をこめて、質に合わせて選り分けていく。
「テメェの魔力を絶対にずれねぇはかりにしろ。それが出来ねえうちは見習いですらねぇよ」
小馬鹿にしたような半笑い。
トロイの声を思い出しながら、シロイは作業を続けていく。
常に同量の魔力をこめて。
シロイは『投光器』の残骸を見て、トロイのことを思い出しています。
それは『教え』であったり、『思い出』であったりするのでしょう。
さて、それはどんなものだったのでしょうね?