44.『資金屋』9
シロイが帰った後。
『資金屋』では重要な話し合いがされるようです。
シロイが来訪した日の夜。
『資金屋』ではある会議が行われた。
議題は、如何にしてシロイを囲い込むか、である。
最早充分に追い込んでいるようにも思えるが、彼らの本業は貸付業である。債権であれば回収するまでが業務であり、そのために財産を根こそぎ奪うことに躊躇もない。
場所はシロイと面談をした応接室。椅子に座って手を組んだボレスと、その向かいに座り脚を組んだカリア、二人の横に立って紅茶を入れているテオルの三人だ。
「やはりシロイ魔道具店は潰そうと思う。異論はないね」
ボレスの言葉に沈黙で答える二人。その顔には同じような無表情が張り付き、わかりきったことを確認するなと言わんばかりの冷めた目。
カリアでさえ同じような表情で、諌める様子はない。慕情と劣情を晒されて狼狽えていた様子は微塵も残っておらず、その口からは辛辣な言葉が漏れる。
「家ごと潰して魔道具工房に改築するのは、シロイの調印があればすぐにでも実現できますよ。ただ、健気にも完済するために頑張っておられますから、なかなか同意いただけませんが」
「今回の返済分と彼の作品から推定すると、およそ三年で完済可能でしょう。おそらくその前に死にますが」
「うむ。彼は自身の評価を間違えている。早くて年内に殺されるだろう。その手の輩はどうだい?」
彼女の言葉に追随し、迷いがなく断言するテオルとボレス。そこには互いの認識に齟齬がないという確信がある。
テオルが懐から取り出したのは、シロイ魔道具店で騒動を起こした者達の一覧だ。
名前と結果が端的に並ぶ表には、自衛と排斥の文字が書き添えられている。
さらにその区分らしき記号と、危険度を示す数字が並ぶ。
「北では三箇所の魔道具工房。南はグヌル。西は孤児院。どれもトロイ魔道具工房だったころの関係者です。東は関係者がいなかったためか、まだ関与はありません。
しかし現状で最も注視すべきなのは国家認定魔道具師が『投光器』を要求したことです」
「あぁ、あの癖毛の男か。うちに代理請求をさせておきながら、自分で修理依頼を受けて失敗したらしいね」
「はい。その男はともかく、飼い主である国族ピトムはトロイの『街路灯』を徴用しています。トロイの弟子という情報は得ていると考えた方が良いでしょう」
国族ピトムが魔道具を徴用することは珍しくない。
しかしトロイが数十年前に国街にいたときに作った『街路灯』は現在でも国街で使われ続けており、それは非常に稀なことだ。
名の売れた魔道具師の製品は良い値段になるため、その魔道具師には蓄えがあって当然と思われる。
国族がトロイの弟子に興味を持った。
国家認定魔道具師の行動がそう解釈をされてしまうと、事実はどうあれシロイの名が売れることになる。
現実には借金でかつかつの魔道具師だとしても、周囲からの認識が完全に変わってしまう可能性があるのだ。
このリストが作られたことは、その兆しとも言えた。
リスト内に自衛と記載された彼らのうち数名は、グヌルが調査をさせた者や圧力用に使った者で、その危険度は最も低い。
残りの者たちには他に使役された威力偵察が含まれているが、危険度の高いものは別だ。
それらの多くは後ろ盾も背景もないただの強盗でしかなく、いくつかは自衛されている。
しかしそれは『資金屋』がシロイの手に余るような輩を排斥した結果だ。シロイは偶然来店した冒険者と思っており、命の危険があったことを分かっていない。
シロイがこの街で魔道具師を続けるにあたり、最も難敵となる相手の名前を彼らは思い浮かべる。
「ピトムならば過去の事例からしても、国族の勅命と称して隷従契約を強要するでしょうね。その前にシロイを専従契約で縛り、身柄を押さえるのが良いかと」
「うん。シロイくんには魔道具工房の工房主になって貰い、うちに末永く魔道具を納入してもらう。死なせるには惜しい才能と人柄だし、何より貴重な婿だからね。相手が国族であったとしても譲る理由にはならない」
カリアの口元がボレスの言葉に緩みかけ、堪えようとして更に無表情が崩れた。どうやらシロイの言葉を思い出し、喜びが止まらないらしい。
その様子を微笑ましく見つめるテオルは言葉もなく頷き、優しく笑みを浮かべたボレスが言葉を続ける。
「シロイくんが店を空けるのは幸いだね。その間に周辺家屋ごとシロイ魔道具店は跡形なく灰にしよう。工房建設もやりやすくなる」
いくつかの隣家は買取済で『資金屋』の関係者が使っていることが、シロイの身の安全を守ったのは間違いのない事実だ。
しかしボレスは周辺家屋ごと建て替えて魔道具工房を作ることも、最初から計画していた。
彼ら『資金屋』はシロイを守るためならば、彼の作品を全て破壊することも厭わない。決してそう見えない行動であっても、本人たちは彼の味方のつもりで行動している。
シロイを囲い込むための会議は円滑に、誰も止めることなく次の段階へと進む。
『資金屋』はシロイの味方です。
シロイの身の安全は守ります。
シロイの店は焼きます。
専従契約で身柄を押さえます。
だって味方ですから。
……味方ってそういうものですよね?