42.『資金屋』7
まだボレスと対話していましたが、そこにカリアが参加しました。
シロイは間に挟まれて逃げ道を失っているようです。
人形のように感情の見えない眼差し。
それと似た冷え切った眼差し。
その二つに挟まれたシロイは、迷宮の方が安心できると思う。
「お父様。どういうおつもりですか」
「うん、シロイくんは合格だ。心配はいらないよ」
「何のお話ですか!」
もう帰りたいというのがシロイの本音である。当然、その話に混ざる気力もない。この二人が上司の人達は大変だなと思い、来店していた部下たちの死んだ魚のような目を思い出す。
シロイを挟むように、ボレスが奥に座りカリアが手前に立っている狭い部屋。だが人の熱気よりも寒気が強くなっているのは気のせいだろうか。
払うものを払って帰ろうと、シロイは睨み合いを続ける二人に構わず、個人用荷引車から取り出した袋をテーブルに置く。
そこから漏れたのは硬貨の擦れる音だ。
シロイ魔道具店の収入と休業日に迷宮や森で得た品物。それらから経費と生活費を除いた残りのほとんどだが、その半分は利息と相殺される。
しかし元本が減らせるようになったことは大きな進歩だと、シロイは前向きに考えていた。
だが、彼よりもはるかに前向きな人物がいる。
「ふむ。国族の故郷には相手の家に結納金を贈る慣わしがあるらしいね。シロイくんは国街にも伝手があるのかい?」
国族とはこの国の支配者たちのことで、彼らが治めている大都市が国街だ。
二百年前まで帝国と王国の紛争地域だったこの地に国家樹立宣言をした魔術師たち。異世界から訪れたという彼らは未だに存命だが、国街どころか人前に出ることさえほとんどない。
その習慣や名前などの少ない情報が知られているのは、その恩恵を求めた人々による。
そこに伝手があるのはボレスの職業ゆえのことだ。
この街の全容すら把握しておらず、国街の場所も知らないシロイには無縁の世界でしかない。
「そんな伝手はありませんし、これは借金の返済分です。今日は返済に伺ったんです」
「返済……?」
まるで聞いた言葉の意味を思い出すような声。全く変わらない表情が疑問符を浮かべているように感じ、シロイは言葉を続ける。
ボレスの視線がカリアへと向いているが、彼女が返すのはシロイと同じく呆れた眼差しだ。
「シロイ魔道具店名義で借金している分の、今回の返済分です。少し早いですが、お納めください」
「……そうか。わかった。カリア、後で確認しておきなさい。ところでシロイくんは、娘が君に劣情を抱いていることをどう思う?」
「れっ!?」
ひっくり返った声はカリアである。
びっくりして振り返れば、首まで紅く染まったカリアの驚嘆した顔。
それはすぐに表情を無くしボレスを睨みつけるが、色まではかわらない。
うろたえて怒るカリアの様子が珍しく、可愛らしさを覚えて口元が緩みそうになるのを堪えてシロイは向き直る。この状況がさらに混迷することは避けたかったシロイは、見なかった振りをして口元を引き結ぶ。
そんな様子をボレスが観察していたことには、彼は気づいていなかった。
カリアに矛先が変わったことで、シロイにも少し余裕ができたようです。
状況的には全く改善していないのですけどね。