38.『資金屋』3
借金返済のためにシロイは『資金屋』を訪れましたが、何故か上階に案内されました。
疑問に思ったシロイを待っているものは、何なのでしょうか?
恭しく頭を下げているのは、カリアに似た男性だ。短く切り揃えられた銀髪に怜悧で無表情な顔立ち。カリアよりも少し高い背は黒いスーツに包まれている。
上階へと上がったシロイを迎えた彼は、個室が並ぶ廊下を進む。一面が柔らかな絨毯で覆われた廊下は足音も立たない。
その上に個人用荷引車を走らせて絨毯を傷めたらどうしようと、少し怯えた顔のシロイはそれを両手で抱えてついて歩き、彼が止まるのに合わせて立ち止まる。
部屋扉の前ではなく、最上階への階段前だ。
「最上階の正面にございます扉の中へとお入りください」
ここに至り、シロイは何かおかしなことになっていると気づいた。
一般客向けとは違う、豪奢な造りの廊下と部屋扉。所々に置かれた壺はとても安物とは思えず、そこに咲く花も見事なものだ。
そこを超えて更に上へと促され、その階段を見る。手摺全体に絡みつく蛇のような彫刻は金色に輝き、階段に敷かれた絨毯はより深く沈みそうだ。
階段の上へと目を向けて見れば、上がりきった奥に扉の上部が見えた。その扉や壁が普通の家のように簡素に見えるのが逆に恐ろしい。
シロイは石に擬態した蛇の姿を連想した。森で見かける致死毒を持つ蛇だ。
その蛇の胃袋に入っていけと言われたように思い、シロイは彼の顔を見るがそこに表情はない。
疑問がシロイの口から洩れたのは、恐怖を和らげる情報を欲したためだろう。
「この上って、どういう場所なんでしょうか?」
「ボレスとその家族の私室でございます」
帰ってきた淀みのない答えには、全く安心できる要素が見つからない。
それは、むしろシロイを困惑させた。
返済の対応で案内される場所では決してないと理解し、シロイは待っている相手が誰なのかを考えることで落ち着きを取り戻そうとする。
カリアだとしても、突然訪問した相手を私室に招くだろうか? ではボレスなら理由は何か? と考えても答えは出ない。
だが帰る訳にもいかず、シロイは覚悟を決める。
一度も顔を合わせていないボレスが、顔を確かめようとしているのかも? と淡い期待をしながら。
その期待は、ある意味で的を射ていた。
目的である借金返済ができていない以上、シロイには『逃げる』という選択肢は用意されません。
その先が蛇の腹の中であっても、進むしかないのです。
借金というのは、怖いものですね。