36.『資金屋』1
結局、『投光器』の修理を請け負うことになったシロイ。
しかし、それによって別の問題が発生しているようです。
さて、どのような問題でしょう?
正式な契約を結んだのはグヌルの来店から三日後の休業日、その夜明けに近い早朝だった。
用事を済ませる必要があったシロイの要望だが、グヌルへの嫌がらせの意図も少しある。
しかし正式な契約として南街区の法務官が立ち会うことになり、早朝に呼びつけられて不機嫌な顔をされた。次は他人を巻き込まないようしようと反省している。
明日から十日間。シロイ魔道具店は休業となり、演劇場『シャトレ』で住み込みの仕事だ。
本業を休むために利用客には休業告知を行い、魔道具の貸し出しは停止している。
グヌルが巡回強化を要請したらしくムライを含めた巡視隊が周辺を歩くようになった。
グヌルが関係する嫌がらせはなくなったので、必要はないかもしれない。
しかしもともと治安が良いとは言えないため、見知った顔が見守っていることにシロイは安堵を覚えていた。
調印後に戻って来た時も、まだ早朝だというのにムライの姿があった。
仕事上がりのケトリたち娼婦勢に絡まれていたのは、見なかったことにする。
感謝はあるが、進んで危険に飛び込む理由にはならない。
それにシロイは問題を抱えていたため、その相手をしている余裕はなかった。
カリアの父ボレスが営む『資金屋』への借金返済である。
返済日が拘束期間に重なるため、シロイは前倒しで返済をすることにした。
未だにカリアの来店がなく、その相談をすることも彼女に前倒しで渡すこともできなかったのだ。
そのために訪れたのが北街でも特異な大型店舗『資金屋』である。
街全域を南北に分断する川に沿う二重大通り。その川北側を東に行くと目に入る、北街では珍しい三層に重なる建築物だ。
土台を兼ねた石壁に囲われた地階部分には、大きな半透明のガラスを嵌めた窓木枠。僅かに傾けられて開いている窓の間隔はシロイ魔道具店ほども開き、大門扉の左右にそれぞれ5つ並んでいる。
上階には石柱と木壁で同じ大きさを囲った部屋が並び、同様の窓が見える。最上階にある部屋は上階の屋根の影になって、その屋根と壁の一部が見えるだけだが、普通の家程度の大きさがありそうだ。
その『資金屋』の大門扉の前。個人用荷引車を手に、シロイはその大きさに呆然としていた。
我に返って入口にある看板を確認すると、書かれた文字を見る目が泳いだ。
「無担保でも安心してお借りいただけます。返済方法はご相談いたします……ね」
確かに嘘ではない。だが、返済方法の相談は正確ではない。
借りた側の要請を考慮するという意味ではなく、貸した側が突きつける要望を考慮しろ、という意味だ。
毎日のようにカリアから見受けを提案されていたシロイにとって、看板の言葉の意味は深い。
彼女の嬉しそうな表情に、若干絆されているという自覚もある。いつの日か、なし崩しに承諾しかねないとも思いながら、専属契約を結びたくないとも思う。
シロイ魔道具店はトロイとの思い出の場所でもあるが、彼の城であり、戦場でもある。今はまだ、それを手放したくはないのだ。
そのためにも少しでも早く返済をしたいシロイは、敵地に赴く覚悟で店内へと入った。
返済期日に借金を返す。
それを破った場合にどのようなことが起こるのか。
…………知らなくても良いことというのが、世の中にはあるんですよ。