34.演劇場『シャトレ』の課題3
シロイ魔道具店に演劇場『シャトレ』支配人のグヌルが来店しています。
「シロイ、お前が『投光器』を直せ」
昔、トロイが魔道具の依頼を受けた時と同じ態度。相手が言うことを聞くと疑っていない物言いは当時の風景を思わせたが、懐かしさよりも疎ましさが勝った。
「無理です」
「なんだとぉっ!? この私がわざわざ頼みに来てやっているのがわからんのかっ!」
平坦な声で短く回答するシロイの言葉に、グヌルは声を荒げる。
トロイのように「寝ぼけンなボケ。帰って死んでろ」と言わない分、シロイの方が社交的だが、そこはグヌルにとって問題ではない。
「トロイと貴方の契約を忘れたんですか? 情報管理権限の剥奪。接触及び接近禁止。複製も類型の作成も禁止。違反時は作成した魔道具を無償で提供すること……。本人だけでなく、血縁者にも有効なんて呆れた契約をしたのは貴方でしょう。トロイも僕も、『投光器』なんて魔道具は知らないし、関わることもないんです。お帰りください」
「……トロイから聞いていたのか? いや、契約をした時にもお前はそうやって俺を見ていたな。だがまぁ、どちらでもいい」
契約を結ぶ二人の姿を思い出し、シロイの顔からは愛想が消えている。声も普段のような接客声ではなく、冷たい。
『投光器』を巻き上げるための契約だとトロイにはわかっていたはずなのに、何故契約をしたのか。シロイは予想できるその答えに納得ができない。
「トロイの孫を騙っていると聞いて調べさせたが…………お前のことだったとはな。なるほど、奴の思考や作品理念を理解できるのは、お前ぐらいだろう。魔道具師としては奴の足元にも及ばないだろうがな」
「……時間をかければ、他の人でもできると思いますよ」
褒める気は無いのだろう。グヌルは店内の商品を手にとって、鼻で笑いながら語る。
その表情からは苛立ちが薄れて、苦笑が浮かんでいる。
商品を戻した彼は、シロイへと向き直って改めて口を開いた。
この世界における『契約』は本契約と仮契約があり、詐欺的な内容や一方に不利な契約が普通にあふれています。
中には魔術で強制力を持たせたものもありますが、実際に運用されるのは法務官などを立ち会わせた場合くらい。
強制力に暴力担当を用意したほうが、法的手続きを踏むよりも手間が少ない環境のせいですね。
個々の契約に他者が介入するための法律関係が整っていないのも大きな理由でしょう。