3.魔道具店シロイの日常3
まずは主人公シロイの日常をご覧ください。
〇シロイの現状〇
取立人から身売りを勧められて断りました。
契約書類をしまったカリアは、シロイを見つめて微笑んだままだ。
カウンター前から離れる様子がなく、若い部下のように店内を観察することもない。
見つめ返されたシロイは軽く息を漏らし、カウンターの奥へと用意してあった物へと手を伸ばした。
「えーと、今日の分です」
「はい。ありがとうございます」
待ちかねたようにして、カリアが前屈みになって顔を近づけてくるのを、シロイは照れながら目をそらす。
なるべく顔から視線を外し、カリアの銀髪を手に取る。編み込んだ先をまとめた編み紐に絡めるようにして、取り出した『光る花』を留める。
側から見ているとカウンター越しに口づけしているようにしか見えない。しかし未だに一度も行っていない二人を、部下たちが砂でも吐きそうな顔で見ている。
そんなことは意識に入らず、シロイはカリアに見惚れていた。
髪に留められた『光る花』を慈しむようになぞる細い指。五つに開いた花弁は仄かな薄桃色の光を散らし、銀髪を煌めかせている。
カリアの顔に浮かぶのは、先ほどまでの捕食者のような笑みではない。
うっすらと頬を染め、はにかむような笑み。来店時の怜悧な無表情とも、捕食者のような笑みとも別人のような、無垢な少女のように幼気な笑みだ。
込めた魔力に反応する光は一時間と保たずに消えてしまうが、その笑顔はシロイの意識にいつも残っていく。
彼が『光る花』をいつも用意しているのは、その笑顔が見たいからだった。
名残惜しそうにカリアが体を起こし、無表情を作ろうとした顔に緩みが残る。
「それではシロイさん。また後日、契約についてお話ししましょう」
そう言って彼に背を向けて、店扉へと向かう彼女を見る部下たちの顔は、明らかに不満気だ。
しかし彼らは賢明にもツッコミを入れることなく、追従するように店を後にする。
残されたシロイの顔は赤いままで、早くなった動悸もまだ落ち着かない。
「いつまで経っても、取立てには慣れないなぁ」
少し遅くなった食事の用意をしながら、彼は自分に言い聞かせるように、そんなことを口にして。
次の『光る花』の構図に考えを巡らせていく。
通常の取立てとは全く趣が違うことには、彼は気づいていない。
シロイの日常を、しばらくご覧ください。
部下たちは、「お前らはよつきあえや」「これをまた見せられるのかよ」という言葉を飲み込んでいます。
半年ほど通っているため、こんな光景を少なくとも30回は目撃しており……。
働くって大変ですよね。(これはたぶん業務じゃないと思う)