23.演劇場『シャトレ』のかげ
前回までは迷宮の様子を見ていました。
今回は街に視点を移してみましょう。
さて、シロイと何か関係があるのでしょうか。
迷宮が発見されたことの恩恵は大きい。それは住民たちが認めることではある。しかし同時に、齎された損害も大きいという。
特に声を大きくするのは街の南側、文化振興地区にある振興協議会の関係者だ。
彼らは流入する不審者や増殖する不定所得者が、犯罪を増加させていると叫ぶ。
だがそんな叫びを上げる者の中にも、犯罪者はいる。
南大通りに面して大看板を掲げた演劇場『シャトレ』の支配人グヌル。社交界に出入りすることもある、この街の権力者に群がる人物の一人だ。
丸く大きな腹と跳ねた口髭が目立つ中年で、大きな目をいやらしく細めて笑う彼は今、荒ぶっていた。
支配人室は柔らかな絨毯が敷き詰められているが、それを踏み荒すように彼はうろついていた。
迎賓用の滑らかな革張りの柔らかい長椅子。その前には木目を活かした足の短い机。部屋の奥に置かれた執務用の木製机は黒に染まり、縁の金飾りが豪奢な逸品。壁際の棚も同じ職人の作で揃えられている。
それらを蹴飛ばさんばかりの勢いで室内をさまよう彼の姿は、現在の演目『バルドの豚』の一幕を彷彿とさせた。
その宣伝紙と見比べて口元に笑みを浮かべているのは、来賓用の長椅子に腰を沈めた身形の良い男性。
黒髪を油で後ろへと撫で固めた彼の目に笑みはなく、冷ややかにグヌルを観察している。
襟と袖に緑に光る宝石を用いた飾りがある灰色のスーツ。揃いのズボンは組まれた長い脚を覆い、照りのある黒い革靴へと伸びる。
白い革手袋で手を隠し、首回りは格子柄の薄布が緩く覆う。そのどれもが上質な一点ものである。
引き締まった身体と整った顔立ちだが、彼は役者ではない。
『シャトレ』運営資金の一部を融資している『資金屋』の家主、ボレス。だが債権回収に来たわけではない。
街での地位を買われて、仲介人を押し付けられた彼が語った内容は、『シャトレ』に大きな陰りをもたらしている。
「要求は以上です。回答は結構」
その口から吐き出された冷ややかな声に、グヌルは振り返った。来場者や賓客を相手にする時の作り笑顔とは違う、蔑みに馴染んだ顔には殺意が溢れている。
「……くそっ」
しかし悪態をつくしかできない。
仮に衝動に任せて彼を害したとしても、取り巻く状況は変わらないことをグヌルは理解していた。
視線すら合わせずに立ち上がり、支配人室の扉へと向かう背中。
それを睨み続けるよりも対策を練るしかないと、長椅子へと腰を落とす。先程とは違う重さに歪む音が、ボレスの耳を打った。
その軋みが何を誘発したのだろうか。
「そういえば、トロイの孫が北側で魔道具店を営んでいるそうですよ。どうやら国家認定魔道具師が興味を持つほどの才能を発揮しているとか。優れた技術者の血筋でしょうね」
冷たい声が世間話をこぼし、扉が閉じた。
その口元に笑みが浮かんでいたことなど、グヌルにはわからない。
だから彼は、その意図することを考えてしまった。
それは彼が再び罪を犯すきっかけとなる。
当人の知らないところで評価をする人もいれば、何かを画策する人もいます。
知らぬは当人ばかりなり、というやつでしょうか。
さて、その当人はどんな状況なのか、次回から少し様子を見てみましょう。