120.歩み行けぬ彼方3
魔術は効果を発揮しました。
まばらなに置かれた農家の間に広がる、道とも広場とも言える場所。
放し飼いにされている鳥は不思議と空へと飛ばずに、地面に撒かれた餌をつついている。
馬よりも胴の太い、小さな角のある獣が荷車を引いて、収穫した作物を運ぶ。
木の枝を振り回してそれを追う子供たちは皆、獣の尾のような飾りを腰につけており、勢いよく振れていた。
その内の一人が彼女に気づいたらしく立ち止まり、じっと見つめてくる。
それを見返しながら、カリアは疑問を抱く。
頭の上に生えている獣の耳のようなものはなんだろうかと。
座り込んでいるのは、踏みしめられた土の上。
花びらが散らばった青い光の中心で、その光がどんどん薄れていくのを不思議に思って触れてみる。
光は手に取ることも出来ず、土が固い感触を伝えて彼女にこれが現実であると訴えた。
疑問を持つだけの余裕ができると、次々と疑問が溢れてくる。
ここはどこなのか。あの生き物は何か。何故ここにいるのか。
「……っ! シロイっ!?」
跳ね起きるようにして振り返ると、そこには倒れ伏した子供のような姿。
立ち上がるのももどかしく縋り寄り、抱き上げるようにして起こしあげると、少し顔に土をつけたシロイの顔が見えて言葉が詰まる。
シロイは文字通り命を削って、青く光る魔術陣の転移先を修正した。転移先でも魔術陣が保たれるようにする事で、その一部に組み込まれたカリアの生存を保てると信じて。
それがカリアを助ける唯一の方法だったから。
シロイの血の気のない顔の中、閉じられたままの目。破片が刺さった頬から血が流れて落ちた。
それでも、彼女の声は届いたのだろう。
「……一人で、生きるなって」
囁くように、か細く弱い声。
ほとんど動いていない口が、それでもゆっくりと笑みを浮かべていく。
「……一緒に……………………いで…………」
カリアの安全を確かめて、気力が尽きたのだろう。
笑顔のままで気絶したらしく、しっかりとは言葉にはならなかった。
それでも、カリアには伝わっていた。
その頬をとめどなく涙が濡らし、嗚咽を漏らす。
彼のその小さな身体を抱きしめて、何度となく名前を呼び続ける。
「一緒に生きるんでしょう? 僕を一人にして、幸せを奪わないでください」
それはカリアの幸せを失って欲しくないという言葉であり。
シロイにとってカリアを失うことが、幸せを失うことと同じだという言葉だ。
カリアは共に生きられるという幸せに言葉を返すこともできず、ただ溢れる思いのままにシロイを抱きしめ、泣き声をあげた。
抱きしめられているシロイの顔色が少しづつ良くなり、傷が塞がっていくのに気づく者はいない。
カリアがシロイへと縋り寄った際に押しのけられ、シロイの身体の上から落ちた花びら。
それは、『光る花』の残骸だった。
送られた者の笑顔を願い、シロイが繰り返し作り続けた作られた魔道具。
それはしっかりと役目を果たし、カリアが笑顔を失わないように守ったのだと気づくのは、もっと後のことになる。
今はただ、シロイは静かにカリアに抱かれて眠り。
カリアはシロイを思って、泣き続けている。
見知らぬ大人が泣きじゃくるのを、村の子供たちが不思議そうに見ていた。
ケモミミ少女 は ようすを うかがっている。
ケモミミ少年 は ようすを うかがっている。
ケモミミ兄貴 は ようすを うかがっている。
ケモミミ子分 は ようすを うかがっている。
カリアは ないている。
シロイは えがお で ねむっている。