118.歩み行けぬ彼方1
ピトムの姿が消えた後、シロイたちの緊張の糸が切れたようです。
ピトムの姿が消えたことで、青く光る魔術陣に魔力を供給する者はいなくなった。
発動間際で保たれていた青い魔術陣も、発動に必要な魔力がなければゆっくりと消えていくだろう。
そうした安堵からシロイの緊張が緩み、カリアの泣き顔にほぐされていく。
彼自身も身体の痛みと安堵の涙で満足に声を出すことができなくなり、大丈夫だと伝えようとカリアを抱きしめる。
その涙を拭い。
優しく口づけを交わし。
安堵して笑みを浮かべる。
そうして、ようやく周囲を確かめるだけの余裕ができた。
無表情に無言で見下ろしているボレスと目があって、二人して急激に恥ずかしさに襲われて顔を赤くしてそらす。
その揃った動きに二人して苦笑し、顔を押さえて噴き出したボレスの笑い声が部屋に響く。
それにつられたようにシロイたちも笑いあい、もう一度お互いに触れあった。
少し笑って落ち着いたのだろう。
シロイはカリアを抱く腕を緩めて、未だに魔術陣に縛り付けられたままの彼女へと語りかける。
「魔術陣が解けたら、うちへ帰りましょ…………ぅ?」
しかし、その途中で気がついた。
シロイ魔道具店から魔道具を抽出したへ空間の穴は、未だに壁に張り付いている。
天井にあるカリアの寝室へと繋がれた空間の穴もそのままだ。
それらの空間魔術は魔力が満ちていて、部屋の中に漂っているピトムの魔力が抜ける隙間はない。
建物自体もピトムの魔力による産物で、込められた魔力は尋常なものではない。
その部屋にいることを今更ながらに確認し、シロイの血の気が引いた。
満ち溢れる、行き場のない魔力。
そして、魔力が足りない魔術陣。
それが魔力の逃げ場がほとんどない部屋の中にある。
ゆるやかに、しかし確実に魔力は魔術陣へと取り込まれており、その青い光は決して薄れてはいない。
慌てて立ち上がり周囲を見回すシロイにすがり、カリアが怪訝な顔を向ける。
彼女にしてみれば、方法はわからないが既に一つの魔術陣を消したのはシロイだ。
自分が囚われている青く光る魔術陣もまた、同様に消してくれるのだろうと安堵していた。
「…………シロイ……?」
しかし、それが誤りだと気づいた。
呼びかけに応じる余裕もなく、今にも倒れそうなほどに顔を青くしたシロイが這い蹲る。
粘液を拭い、魔道具の残骸を拾っては投げ捨てる姿は、先程までピトムに対峙していた時よりも追い詰められていた。
だから、カリアは気づいてしまった。
この魔術陣が、自分にとって致命的なものであると。
そして、シロイには魔術陣を消しさることができないのだと。
ピトムが魔術陣に飲まれて消えたように、自分も身体を損ないながら消えていくのだと、カリアはそう思った。
だから彼女は、もうそれだけしかできないと。
溢れ出る悲しみと恐怖と、より強い安堵と思慕を込めて。
「…………シロイ。お別れです」
ピトムに囚われてから、ずっと覚悟していたことを告げた。
シロイは どうぐを せんたくした。
なにも もって いません。
あおいまじゅつじん が ひかりを ましていく。