117.シロイの魔道具9
ピトムと相対したシロイとカリアは、生き延びることができました。
紫の魔術陣は渦となり、ピトムの身体を引き裂きながら諸共に部屋の中から消えさった。
それを成したのは、糸を結びつけた針ような魔道具。
かつて冒険者に売りつけ、シロイが城から脱出する際に回収していた物である。
糸に触れた魔術に【収束】の効果を発揮して針先に集約させる魔道具は、鉄塊人形の胸部を溶解させるほどの収束力がある。
しかし魔力で作った魔術陣に糸が触れると、【収束】する過程で魔術陣を歪めてしまう失敗作だったため処分しようとしていたところを、冒険者の強い要望で廃棄販売した物だ。
シロイはそれを【的中】によって、霧に隠れたピトムの右袖へと投げ当てた。鉄鎖鞭を魔術陣へと投げたのは、そちらから目をそらすためだった。
だが魔術陣が歪むことで、どんな結果になるのかは運任せだった。
全身を転移対象に修正した後に撒かれた魔道具の破片などのせいで、陣の構成はシロイが調整を行ったものとは変わっている。
その魔術陣を保とうとしたピトムが魔力を注いでいたが、形が平面から立体になり【収束】されていただけで、魔術陣自体が崩壊していたわけではない。
魔術陣というものを使っていなかったピトムには、それが正常な状態だとわからず無為に魔力を注ぎ込んでいたのだ。
変化してしまった魔術陣に過剰に注がれた魔力。
それが転移以外に何を引き起こすのか、シロイには魔術陣から読み取るだけの余裕もなかった。
わかるのは、ピトムのものであろう身体の一部が残されたということ。
一対の眼球、場所も不明な肉片と骨。
それ以外がどこに消えたのか、辿ることはできない。
魔術で身体を修復して戻ってくるかもしれないと思い、シロイは立ち上がった。
天井と床に打ち付けられた時に痛めたのか、背中と右腕が引き攣る。
折れてはいないようだが動かすだけで痛む。
それでも、青く光る魔術陣の上を歩く。
涙を流して震えているカリアの顔に安堵し、膝が落ちた。
そのまま倒れこむようにして、カリアの身体へともたれかかる。
「うぅ………ぐすっ…………シロイ……無事で、よかっ…………うぁぁぁっっ」
泣き崩れるカリアの髪を、シロイの手が優しく撫でる。
それに応えるように不自由な腕を伸ばして、カリアがシロイのパンツを握りしめた。
部屋の中ではピトムの魔力によって起きていた奔流がゆるやかになり始め、その泣き声を慰めるように舞い散る『光る花』の花弁がゆっくりと二人へと降り注いでくる。
「大丈夫。もう、大丈夫ですよ」
「うぅ〜……ぅ……ぐすっ……」
緊張が解けて不器用に呻き泣くカリアに、シロイは優しく微笑みかけて抱きしめる。
カリアと同じくらいに泣きぬれながら。
安堵に震えている身体を、お互いに支えるように抱き合う二人を、柔らかな光が照らしていた。
奔流の根源であるピトムを失い、部屋の中に満ちていた魔力は行き先を求めて集まっていく。
カリアを陣の一部に組み込んだ、青く光る魔術陣へと。
ピトムからは生き延びました。
ええ、ピトムからは。