114.シロイの魔道具6
ピトムは魔道具の確認に飽きてしまったようです。
魔術陣へとしがみつくシロイを、呆れ顔で見据えるピトム。
興味を惹かれた魔道具がただのゴミだとわかった彼の目は覚めていた。
極わずかに振るわれた彼の魔力はシロイの身体を打ち据え、その体が跳ねて床を転がる。
手を振るという挙動さえも必要とせず、ピトムの魔力はその意思の通りに現象を起こす。
シロイの首が見えない縄に絞めつけられるようにして、彼の魔道具がそうされたように宙へと浮かび、ピトムの眼前へと引き寄せられていく。
目の前にぶら下げられて苦悶の表情を浮かべたシロイを見つめても、冷めた興は戻らない。
鎖が擦れる音は、その耳には一瞬しか聞こえなかった。
一撃でピトムを絶命させることがこの状況を打破する唯一の手段だと、その瞬間を待っていたのだろう。
毎日『光る花』へと魔力を込めた彼女の日常はシロイへの想いだけでなく、魔力を物品に込めるという練度も強めていた。
カリアが無理矢理に振るった鉄鎖鞭は彼女が込めた魔力を帯び、まるで水中を泳ぐ蛇のようなしなやかさで、シロイの身体が作った死角からピトムの喉目掛けて飛んでいく。
両手足を床に縛り付けられ魔術陣に身体を拘束されている無理な体勢からの一撃だ。
それはカリアの右腕に負荷をかけて痛みと痺れを引き起こしたが、決して手放したりしない。
万全とはいえないながらも、カリアに取り得る最善で最後の反撃である。
その鉄鎖鞭の先端が食らいつくように、ピトムの喉を穿った。
ピトムの喉で骨のひしゃげる音を立て、抉り裂かれた肉の奥へと先端が突き刺さる。
衝撃が彼の上体を跳ねさせ、血しぶきが舞う。
骨に弾かれたのか、跳ねた鉄鎖鞭の先端がうねり張り付いていた肉片が紫の魔術陣へと振り落とされる。
宙で首を吊るされているシロイの向こうで、ピトムが上体を逸らすようにして倒れていくのを見て、カリアの目からわずかに緊張が抜けた。
だが、そこまでだった。
ほんの一瞬、右手の痛みを感じたカリアが目を閉じた。
鉄鎖鞭の握りが無理矢理引き抜かれたために、弾かれた指が捩くれて、摩擦で手のひらが焼かれた痛み。
だがその傷は彼女が目を開いた時には跡形もなく消えており、無理な体勢で鞭を振るった身体の痛みが残ったままの彼女には、気づく事はできない。
なによりカリアの瞳に映った光景が、全身の痛みをも忘れるほどの衝撃を彼女に与えていた。
瞬きした直後にはシロイの姿が消えていた。
何事もなかったように、首に穴を空けて血を流しているピトムが普通に立っていた。
魔力で生み出した左手に持った小窓で喉元を確かめたのは、ほんの一瞬。
砕けた骨も裂かれた肉も、一瞬で元に戻っていた。
「気が済んだかぁぁ? カリアぁぁ?」
瞬きをした一瞬で、カリアは全てが終わった絶望へと落とされた。
言葉を失い身体を震わせる彼女へと、ピトムは楽しそうに笑いかける。
彼の目に映るのは、抵抗する手段も気力も尽きた姿。
だが彼女は天井付近へと飛ばしたシロイを見つければ、再び気力を奮って足掻くだろう。
シロイを助けるために。
何の手段もないままに。
カリアがどんな風に命乞いをしてくるのかと心躍らせながら、ピトムは天井を見上げた。
その視線を受け止めたシロイが未だ諦めた様子もなく睨み返してくる。
その顔に叩きつけるようにカリアから取り上げた鉄鎖鞭を押し付け、ピトムは内心でほくそ笑んだ。
とてもいいオモチャたちだと。
部屋の中を漂っているシロイの魔道具と、それが放つ弱々しい光を見て。
そんなくだらないものよりも、互いを守るために必死でもあがいている姿がはるかに面白いと、彼は先ほどとは違った方向に興を強くする。
シロイが作り上げた魔道具を一つずつ、残さずに破壊していく過程で、どんな風にして懇願するだろうかと彼は再び笑みを浮かべた。
カリアの こうげき。
ピトムに ***のダメージ。
ピトムは まりょくをつかった。
ピトムが かんぜんかいふく した。
ピトムは えみを うかべた。