107.国族ピトム4
シロイが疑問を突き詰めた結果、ピトムの本心に至りました。
そのピトムの反応を見てみましょう。
城の最上部に設けられた部屋は広く、シロイの店舗一つが余裕で入る。
その中を漂っていた無数の窓枠が全て壁に吹き飛ばされて砕け、鈍い光だけとなり部屋の中を照らす。
部屋の中を埋めていた魔力は更に圧力を増し、その場に立つことさえ許さない。
並べられていたシロイの魔道具は部屋の中を飛び回り、いくつかが壁やシロイたちにもぶつかっていく。
それはピトムから流れ出た魔力の影響だった。
強制的に跪かされた姿を見下ろすように立ち上がったピトムの背後で、先ほどまで寝そべっていた椅子が灰になって消える。
手にしていた個人用荷引車はバラバラに引き裂かれて部屋の中を舞う。光っているのはピトムの魔力が飽和しているためだろうか。
それらの光に照らされながらシロイを見つめるピトムの顔には、子供のような無邪気さも笑顔もない。
憎しみと怒りに眼差しは歪み。
嘲りと蔑みで広角は引き攣れ。
睨め付けるような瞳を欲望に染めて。
舌を這わせるような口調で、彼は口を開いた。
「そぉぉだよ、シロイぃ。テメェが仕込んだ女を孕ませてぇんだよぉ」
それは、子供の姿をしているが、子供ではなかった。
その魔力が成長を阻害し続け、未だ子供の姿を留めている、この国を作った国族。
ピトムはこの世界の誰よりも高齢だった。
「じぃっくりと、心ゆくまで、楽しみてぇんだよぉぉ。すぅぐ死ぬよぉぉな女ぁぁばぁっかりでよぉぉ」
ありすぎる魔力の差は触れているだけ相手の身体を変質させていく。それは彼が満足する前に相手が壊れてしまう結果となっていた。
相手を魔力に馴染ませようとしても魔力を流し込めば、圧力に耐えきれずに爆ぜて別物へと変わり果ててしまう。
だがピトムには魔力を使わないという選択肢もない。
成長も生命活動も阻害された彼の身体は既に正常な生命の成り立ちをやめている。彼自身の魔力で構築された、彼自身を存在させるための魔術に置き換わっている。
ピトム自身が生を望む限り不老不死であると等しい、魔術的な生物と言えた。
だが同時に国族というこの国の人間社会の頂点に立ち続け、他者のおもねりとへつらいを浴び続けた人間でもある。
それらを蔑み踏みにじり続けてきた彼に人間性というものがあるのならば、それは間違いなく歪んでいた。
「カリアぁぁ、そぉぉんな目ぇすんなよぉぉ。たぁっぷり、たぁぁのしませてやぁぁるよぉぉ? 文句はねぇぇよなぁぁぁ、ボレスぅ?」
欲望に笑うピトムへと、カリアが返すのは嫌悪に満ちた眼差しだ。
いたいけな子供のふりをした、色欲に塗れた高齢男性。
気遣いなど一片もなく、暴力と権力で捩じ伏せる手段。
そんな相手に、それ以外の感情を持ちようもない。
睨みつけているカリアは、嫌悪を隠す気は一切なかった。
自由に動けるなら、握りしめた鉄鎖鞭をふるっていただろう。
一方でボレスは魔力の圧力もあり、跪くようにしてピトムへと頭を垂れている。
恐怖と嫌悪で吐き出しそうな内心を隠すために、その顔に張り付いている対外用の笑顔が人形のように言葉を紡ぐ。
「国族の意向と娘一人。どちらが重要かなど、考えるまでもありません」
発せられる言葉は冷たく、感情がない。
本心を押し隠しているのは、一度しか対面していないシロイにもわかった。
だがピトムにはわからない。ボレスに興味もなく、カリアを追い詰めることしか考えていない。
肯定以外の返答など認めないピトム相手に、ボレスにはそれ以外に答えようがなかった。それが娘を気まぐれに殺させないための、唯一の手段だから。
しかしカリアの抵抗心は怯むことなく、僅かではあるが上体を起こして鞭を振るうために右腕の自由をより大きくしようと、慎ましやかな胸元を覗かせた。
「抱くのに邪魔な手足を引き千切ればぁ、少ぉしは従順になるかぁ?」
その胸元に注視しながら舌舐めずりする。
それが合図になったのか、カリアの身体を囲うように魔術陣が展開された。
不老不死って結局のところ、永遠の老害ですよね。
ピトムは見た目は5歳児ですが、機嫌を損ねると街単位で消滅させたりする、この世界で最高齢の老害です。
他の国族は彼を反面教師にしている部分もあり、自分の趣味に耽溺するくらいで比較的実害は少なめです。(ないわけではない)